第五話 魔女を継ぐ者(3)
「──3、2、1、点火」
彼は太い鉄線によって繋がれた小さな装置を強く握る。その瞬間、彼らの遥か前方にある鉄の筒が、破裂音と共に小さな火を吹いた。そしてそのさらに先にある、柱に固定された肉片が小さく揺れた。
「……当たったのか」
「はい。では、もう一つもいきます」
レグネヴァールは、その柱の横、彼らの手前側を見る。そこにも、もう一本柱があり、肉片が固定されていた。その前方には、鉄の筒が伸びた装置が固定してある。
「点火準備」
白衣を着た男が手元の装置を操作する。鉄の筒の前で、ポッと小さな火が灯る。
「3、2、1、発射」
カチリと音がした直後、その鉄の筒から炎が鑓のように飛び出す。肉の焼ける匂いが立ち込め、食欲がそそられる。肉片から十分に離れているのだが、彼らの頬も熱でヒリヒリと痛み出す。
「停止します」
白衣の男の言葉と共に、炎が立ち消える。柱に固定してある肉は焦げ付き、灰色の煙が立ち昇る。
「以上です。一通りご覧になりますか?」
「あぁ」
レグネヴァールたちは、二種類の鉄の筒の方へと近付く。
「この二つが、『炎銃』でございます」
「ふむ。弓銃とはかなり見た目が違うな」
「はい。弓や弓銃とは、根本的に原理が違うのです」
そう言うと、彼は手元にある金属製の細長い塊を見せる。
「なるほど。むしろ古のヴェント使いが持っていた魔装具に似ているようだ」
「正にその通りです。炎銃の構造は、文献に残っている銃や砲などを参考にしました」
男は手前の炎の柱を吐き出した鉄の筒を指差す。
「こちらが、ヒ型03号です。フロギストンを炎に向かって放出するだけの、単純な造りです」
「ふむ。飛距離は?」
「およそ10ジャークほどです」
「ふむ、少し近いな。それに……」
レグネヴァールはまだ熱を放つ鉄の筒に手を翳す。
「これを撃つ者も熱に当てられるぞ」
「そうなのです。加えて、やや扱いが難しく、フロギストンを溜めている鉄缶に引火する危険性もあります」
「それは……、先程の爆气管を背負っていることと同じではないか?」
「その通りです」
平然と言う男を前にして、レグネヴァールは肩を竦める。
「些か、課題が多いのではないか?」
「そうです。が、技術的にはさほど難しい問題では無いです」
「そうなのか?」
「はい。既に試作04号の着想は得られています。それに、フロギストンの圧縮技術、鉄缶の強度がそれぞれ向上すれば、さらなる改善が期待できます」
「なるほど。両方とも、我々が注力している技術だ。相性が良いのは確かだな」
レグネヴァールは手前の鉄の筒から、奥の鉄の筒へと目線を移す。
「そちらは?」
「こちらがフ型11号です」
その言葉を聞いて、レグネヴァールは眉を顰める。
「11号か。難航したのか?」
「……はい」
男の表情に初めて、落ち込みと共に陰りが生じる。
「こちらは、極少量のフロギストンを爆発させ、その力でこの弾丸を飛ばすという機巧です。しかし、その弾丸を射出する仕掛けがどうにも……」
「試作機ばかりに熱中して金を注ぎ込むのは感心しないな。飛距離は?」
レグネヴァールは溜息交じりで訊ねる。
「50ジャークです」
「50だと!? 目標値の倍以上ではないか!」
レグネヴァールは喜びに声を上げるが、男の顔は晴れない。
「どういうことだ? 上手くいったわけではないのか?」
「実は……、この飛距離は弾丸の形状を変えることで得られたものでして、肝心の仕掛けの方は未だ……」
「そうか」
レグネヴァールは顎に手を添えて、少し考えた後、口を開く。
「弾丸の形と言ったな」
「はい。こちらになります。弾丸を球形から錐形にしました」
「ほぉ、吹き矢と同じ原理か。確かにそれは盲点だったな」
「はい。我々も文献を漁る最中でそれに気付きまして。『昨日は明日への地図』というやつですね」
「それはテルネット大陸の諺だったかな?」
「はい。電氣技師だった祖父が、よく言っていました」
「凋落したテルネット大陸の言葉となると、重みが違うな」
レグネヴァールはにやりと笑うが、その皮肉めいた言い方に白衣の男は苦笑いする。レグネヴァールは再び再び鉄の筒に視線を戻す。
「機巧が不十分であるのは歯痒いが、しかし朗報でもある。まだ伸びる可能性はあるのだろう?」
「はい。機材強度には今のところ問題は見られないので、まだ上を目指せるかと」
「わかった。続けてくれ。ただし無駄遣いは許さんぞ」
「ありがとうございます!」
白衣の男は嬉しそうに笑うと、深々と頭を下げた。
「では、次に行くぞ」
レグネヴァールは悠々とその場を後にする。その横に、秘書の若い男──ウルティオが静かに近寄る。
「……良いのですか?」
彼は不安そうに、小さな声でレグネヴァールに訊ねる。
「構わん。続けさせよう」
「しかし、彼は予算を大幅に超過しています」
「この兵器には私も期待しているのだ。個人で携帯できる物としては、破格の性能だ。多めに見よう」
「わかりました」
不服そうなウルティオに対して、レグネヴァールは不敵に笑う。彼は困りこそすれ、彼女の満足げな顔を見て少しだけ笑みを浮かべた。




