1話目
よろしくお願いします。駄文ですが頑張ります。
冷たい風が頬を撫でた。雨が身体中を激しく打って、俺の意識を覚醒させる。無意識の内に吸い込んだ空気は冷たく湿っていて、俺の頭を冷静にした。
雫が森の樹々の葉一枚一枚に弾けて消える。
雨が、降っていた。
「…どうしてこうなった」
そんな呟きが、雨の音に埋もれて消えた。
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俺は領木律。年齢は今年で17歳、寝癖でぐちゃぐちゃになった髪の毛に、何時もだぼだぼの服を着ている、眼鏡をかけた男子高校生だ。趣味はゲーム、成績は中の下、友達はそれなりにいるし、クラスでは『あいつ影薄いよね、オタクなんだっけ?』程度の認識度だ。勿論彼女はいない。女友達もいない。所謂夢も希望も青春も無いモテない系男子だ。
そんな俺は秋も中盤に迫るその日、学校の帰り道にとあるゲームを求めて密かに優遇している穴場のゲームを売っている古本屋さんへと全速力で向かっていた。
そのゲームのタイトルは『俺が異世界で最強チート!?ハーレム王道まっしぐら〜』と言う、どこかのweb小説サイトで良く見かける様な感じのゲームだ。実際に原作がweb小説で、そこから成り上がってアニメにも漫画にもされたものなのだ。内容はとある男子高校生がひょんな事からチート能力を持って異世界へ行って、チート能力使いまくりながら女の子達を落としまくってハーレムを建設しまくると言う、そりゃもう男子のロマンを具現化しまくったゲームなのだ。
所謂ファンタジー系RPG系ギャルゲームと言うやつで、ちゃんと戦闘システムやらファンタジー要素もたんまりと詰め込まれている。出来は上の上。最高とは言わずともRPGの要素とギャルゲーの要素をバランスよくいり混ぜた良く出来たゲームだった。
一度は購入して一夜にして主ストーリーを攻略、その他のヒロイン達のハッピーエンド及びバッドエンドも攻略、レベルを攻略したり称号を全部揃えたり装備を全部集めたりに1ヶ月かけたゲームだったが、友達に貸した次の日には水浸しになって帰ってきた。しかもごめんの一言も無く玄関の郵便受けに直接入れていやがったのだからもう怒る気も失せた。ふぁっきん。
だが、まだやり尽していないゲームだ。勿論俺は再度購入する事に決めた。ゲーマー舐めんな。
そう言った経緯で意気揚々と古本屋へ向かっていた俺だったが、古本屋の古くさいドアを開け、中に入った瞬間ーーーー
ぽつんっ。
頭の天辺に雫が堕ちてきて、咄嗟に上を見上げた次の瞬間だった。
「…へ?」
ざああああああぁぁぁぁ…
ーーーー俺は一瞬にしてずぶぬれになった。
そう、俺は次の瞬間には雨に打たれていたのだ。それもかなりの大雨にだ。
余りの事態にアホみたいに口を開けて呆けていると、雨粒が口の中に侵入してきて気持ち悪い事この上ない。咄嗟に辺りを見回して、そこが古本屋どころか文明のぶの字すら感じさせない森の中だったのだから、俺の動揺っぷりはご想像の通りだ。
しかも、何が起こったのか身体の感覚さえ違う気がした。首を曲げて身体を眺めようとして、足下が見えない程大きな胸を確認して更に混乱した。え、何これどういう事。
「え?え?」
無意識のうちに胸に手をやった。ものすっごい柔らかくて気持ちのいい弾力が手の平を包み込む。ナンダコレ。
しばらく雨に打たれながら胸を揉んで、そこで俺ははっと気が付いた。ので手を光の速度で股間にやる。
「…ない…。お、俺のマイサンがない!俺の男の勲章が無い!俺が無い!」
その瞬間、俺の頭は余りの事態を受け入れる事が出来ずオーバーヒートを起こした。
「ちょ、えええええ!?だ、誰か!?誰かいませんか!?これドッキリ!?ドッキリであってくれお願いします!」
股間に手をやりながら叫ぶ俺。内股なのがこれまたあほらしい。足を動かす度にぱしゃぱしゃと泥水が跳ねる。
だが、返ってくるのは雨が地面を打つ音だけだ。俺は涙とも鼻水とも雨水とも知らない水を学生服の袖で拭う。
「ど、どどどどどうしようどうしよう…」
きょろきょろと辺りを見回す。ここはどうやら森を突っ切る様に整備された土道のど真ん中らしい。上下を森が挟み、左右に道が樹々の果てまで伸びている。ここから見える限り、人も見当たらないし、雨宿り出来そうな場所さえありそうに無い。
それにしても何だこの状況。古本屋の扉がどこでもドアになっているなんて聞いてない。しかも入口だけの一方通行だ。欠陥品も良い所である。
「ま、まずは雨宿り出来そうな場所と、人を見つけないと…って、声も何か変だし…」
喋って、声も女性の声そのものに変化している事に気が付く。が、考えたく無い事は考え無い。今は気にしない事にして、とにかく今は雨宿り出来る場所&人を見つけなければ。このままだと風邪をひくし、人がいないと状況を確認出来ない。何よりかなり心細い。
「ひぃ…ちょっと寒くなってきた…」
ぶるっと震える身体。このままここで雨に打たれ続ければ身体が冷えきってしまう。今は探索がてら動き続けて体温を保たなければ。
俺は学生服の上着を脱いで頭に被せて傘にする。傘と言っても雨水がだだ漏れだが、これで少しはマシになった筈だ。そう信じよう。
「さて、どちらに行くのが得か…」
どうやら道は坂になっているらしく、右から左へ雨水が小さな川を作って流れていた。
「…まあ、普通は下に降りてみるよな…」
俺は下り坂の方へ行く事に決めて、踏みしめる様に歩き始めた。
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どれくらい歩いただろうか。この道もしかして永遠に続いてんじゃないだろうかと錯覚し始めた頃、俺はようやく森から出ることが出来た。
森から、山岳地帯へと。
草木が次第に無くなって、道も昇り坂の急勾配になってしまう。足場も泥の道から砂利の多い道になり、岩肌を露にした山が道の左右を覆っていて、気分も寒くなってしまう。もう俺のライフはゼロに等しい。そもそも運動を全くと言っていい程してこなかった俺が、胸に大きな重りをつけてこの険しい道を歩くなんてこと出来る筈も無い。
というか、何だか歩くペースがめちゃくちゃ遅くなってしまった様な気がする。それに視点も少し下がったような。今更だが髪の毛も長くなっていてかなり鬱陶しいし、腕もよく見たらめちゃくちゃ細くて白い。肌も汚れ一つない真っ白な肌だ。一体俺の身体はどうなってしまったのか。
「…洞穴?」
途中の岩肌に、少しだけ窪んだ場所を発見した。近づいて確認すると、どうやら小さな空洞だったらしい。俺は神様に感謝しつつ、洞穴の入口近くに座り込んだ。
「…これからどうしよう」
この状況が夢であるなんて考えはとうの昔に破棄した。こんなにリアルで明晰な夢、あってたまるものか。俺は既にこの状況が、ネットや本屋の小説で良く見かける展開に酷似していることに気付いていた。
所謂、異世界転生とかトリップとかいう展開に良く似ている。
そう、丁度俺が嵌っていた『俺が異世界で〜』のあれだ。まさにそんな感じだ。一体どういった理由かは知らないが、俺は少なくとも俺の知らない場所に飛ばされてしまったらしい。異世界かどうかはまだ推測の域を出ないが、展開からしてここが異世界だという可能性が最も高い気がする。
「…はっ、こんな事考え始めるなんて、どんだけ混乱してんだ俺」
異世界転生?トリップ?そんなもん、小説やアニメやドラマや映画や漫画の世界だけの話だろう。現実に起きよう筈が無いし、ましてや俺の身に降り掛かるなんてこと、もっと無い。
「…でも、じゃあこの状況をどう説明するんだよ…」
体操座りして身を縮ませようとして、胸がつっかえて出来なかった。
「そうだよ、しかもこれだこれ。一番わけ分からん」
そう言って胸を思いっきり掴んだ。
「あんっ…ごほんごほんっ」
変な感覚がして変な声がしたので変な咳払いで誤摩化した。どうやら俺の胸は肥大化しているらしい。かなり大きい。充分に巨乳の域に達しているんじゃないだろうか。街を歩けば大きさだけで男の半分の視線を奪えるだろう。
だが、俺の身体自体が太ってしまった訳ではない。逆に元の俺と比べて華奢になってしまった方だろう。現にサイズがぴったり合っている筈の服が今ではぶかぶかだ。何故かお尻は更に大きくなってしまっていて、ズボンはずれ落ちずにすんでいるが、その他の服は今の俺には大きすぎるだろう。
「それに髪も長いし…俺の俺もないし…まるで女になってしmげふんげふんっ」
考えない。俺は考えない。絶対に考えない。女になってしまったんじゃないかなんて事、絶対に…あ。
現実から目をそらしていては何も始まらないだろう。そう、俺は生物学的に性別が女に変化しているらしかった。声も完全に女の子の声だ。
くそっ、一体俺が何をしたって言うんだ。何が悲しくて女に何ぞ…。こちとら性欲溢れる男子高校生だぞ。巨乳の女の子が好きでも巨乳の女の子になりたいだなんて一回も思った事無いぞ。
「状況をまとめると、どこか知らない所にいつの間にかワープしていて、しかも身体が女の身体になっていた…って事か…訳が分からないよ」
これからどうすれば良いのだろうか。というかそもそも、人はいるのか?いや、道が少なからず整備されているのだから存在はするのだろうが、ここがもし辺境の地で、滅多な事が無いと人が来ない場所だったら、俺はここで凍えて死んでしまうだろう。
「どうすればいい…寒い…腹減った…」
意識がだんだんと朦朧としてきた。身体中に鉛を流し入れたような気怠さが全身を包む。雪は降っていないが、眠ると死んでしまうのだろうか。そんな事をうっすら考えながら、目をゆっくりと閉じて行く。
…がら…がらがら…。
遠くで、何かがこちらに近づいてくるような音が聞こえた。雨の音に混じっていたが、それでもちゃんと聞こえた。
「…もしかして、人…か?」
俺はゆっくりと立ち上がって洞穴の出口から外を覗き見る。
これで人じゃなかったら、大人しく眠ろう。
「…あれは…」
がらがら…、と、木で出来た車輪で砂利の道を削りながら、一台の馬車が道の向こうからこちらに向かって進んでいた。
「やった!おーい、そこの人ー!」
俺は馬車に大声を出しながら進路に出た。
馬車で馬に鞭を打っているのは男だった。無精髭を生やしていて、年季が入っている。身体も筋肉質で骨太だ。
男は俺を見て、近くまで来て馬を止めた。それを見て、俺は懇願する勢いでその男に頼み込んだ。
「おっさん、俺、道に迷ってここがどこだかも分からないんだ!お願いだ、乗せてくれ!」
「何だって?お前さん、浮浪者か?」
「違う!良いから入れてくれよ、凄く寒いんだ」
「分かった分かった!ほら、こっちこい」
男に手を引いてもらって、男の隣に座る。この馬車はどうやら雨や日差しが当たらない様に出来ているらしい。
「随分とずぶぬれじゃねえか。すまないが、身体を拭く布の持ち合わせがこれしか無い。ちょっと臭うかもしれんが」
「ありがとう」
男が首に掛けていたタオルをこちらに差し出したので、俺はありがたく貸してもらう事にした。ごわごわで汗の匂いもするが、気にはならないし、まずは滴る雨水をどうにかしたい。顔を拭いて髪の毛に宛てがう。長いのでかなり水を吸っているらしく、タオルは瞬く間に水を吸ってしまった。
「ふー」
ほんの気休めだが少しだけすっきりした。俺はそのまま服を脱いで馬や馬車に当たらない様少しだけ身を乗り出してぎゅっと絞る。
その様子を見て、男はしばらく俺を凝視した後、はっと何かに気付いた様に顔を背けた。
「ちょ、お前さん、何服を脱いでいるんだよ!」
「え?だって、ずぶぬれだったし」
「少しは用心しろよ!俺だって男なんだぞ!」
「えっ?あ、あー…」
そう言えば、俺は身体が女になっていたんだった。すっかり失念していた。男の方から『くそっ、デカい!』なんて小さな呟きが聞こえたが、ここはスルーの方向で。
「なあ、おじさん。俺ってどれくらい可愛い?」
「は、はあ?そら、そこらの女とは勝負にならない程度には整っていると思うが…」
男は非常にドギマギしながらそう言った。なるほど、俺の容姿はかなり整っているらしい。なるほど、容姿は整っていて、胸もあるのか。こりゃかなりの美人さんと見た。
それにしてもちらちらと横目で見てくる男の視線がかなりうざったい。
「ふーん…。なあおっさん。これ、今どこに向かってるんだ?」
「ま、街だ。ゲインっつー街」
どうやら、この馬車は今ゲインという街に向かっているらしい。勿論日本にゲインなんて街はないし、俺の記憶の中にもそんな名前の街…。
…ん?
ゲイン。どこかで聞いた事がある。しかもかなり最近にだ。えっと、何だっけ…確か…。
「ん?どうした?」
「…いや、何でも無い」
後少しで出てきそうなのに、全く思い出せない。ええい、もどかしい。絶対にどこかで聞いた事がある名前なのだ。喉の辺りまで出かかっているのに、後寸での所で出てきてくれない。
「それにしても、こんな所を女1人で歩くなんて無謀も良い所だぜ?ああ、それかお前さん、冒険者か?」
「…何だって?」
俺はばっと男に顔を向けた。
「おっさん、さっきのもう一回言ってくれ」
「え?何服を脱いでんだよ…」
「違う。何そこまで戻ってんだ。もっと先」
「よ、用心しろよ…?」
「おっさん!」
「え?えっと…あ!えっと、さっきのは違うんだ!別にナニがデカいとかそんなんじゃなくてだな!」
「アホか!しかもそれはばっちり聞こえてたわ!俺が聞きたいのはもっと先!ほら、女一人での先の方!」
男は首を傾げて、怪訝な顔をした。
「…お前さん、冒険者か」
「そうそれだ!冒険者って何だ!?」
「冒険者っていうのは、冒険ギルドに登録した、魔物討伐をメインに何でもこなす何でも屋だ…っていうか、これくらい誰でも知ってんだろ?」
「…俺は知らない…いや、知ってる…のか」
「何言ってやがるんだ、お前さん…」
男は呆れたような顔をして馬車を発射させた。
「とにかく、この馬車はゲインに向かう。構わないんだったらこのまま乗ってろ。借り一つな」
「ああ…」
どうやら、俺は異世界転生の中でも、ゲームの世界に来てしまったらしい。
そう、そのゲームの名は、『俺が異世界で最強チート!?ハーレム王道まっしぐら〜』。俺がドはまりしていた、ファンタジー系RPG系ギャルゲーだ。
ゲームの中で主人公は確かに冒険ギルドに所属していて、冒険者をやっていたし、しかも活動の拠点を『ゲイン』という街にしていた筈だ。
つまりは、そう、つまりはそう言う事なのだ。
俺は、ギャルゲーの世界に、女の姿で転生してしまったらしい。