Phase4-1
イベント開催の通知が来た次の日、國鷹さんからメールが来ていた。
あれからこのゲームの中で会うことはなかったけど、なぜかわりとマメにメールをくれるのはここだけの話だ。
メールの大半以上、ほとんどと言っていいほどたわいない日常会話のようなものだったけど、その中に今回のイベントに関する話題が書かれていた。
『ゆずるちゃんは今度のイベント参加する?おれのとこ1組出るよー。ゆずるちゃんがやるんやったらおれもでよっかなww(*^。^*)
参加するなら教えてね(*^^)v』
「…って感じに」
「…」
「やっぱやめやめ。そもそも報酬が『剣』なら誰も使わないし、出て何の得にもならないし」
斗真くんがこの話は終わりとばかりに手をふっていると、スポーツウォッチタイプのパスをいじっていた正親さんが、よくない予感が当たったといわんばかりの顔をして溜息を1つ。
「…やっぱりな『信長』が入ってる」
正親さんが言った聞き慣れない人の名前に私が聞き返していると、斗真くんの顔が青くなっている。
「斗真くん?」
「それ…とんでもなくやばいじゃん今回のイベント」
「だな」
「どういう意味ですか?」
私だけが意味を掴み切れていないでいると、正親さんがパスのある画面を開いてくれた。
それは何かの検索エンジンのようで、虫眼鏡のマークがある横に何やら入力出来る画面が表示されている。
そこに『ヨハン』と聞いたこともない外国の人の名前を入れると、同じ名前のPNを持つと思われる人達の一覧が出た。
そこでさらに『ヨハン・ヴォルフガング・フーゴー』と詳細入力すると、1人の現在のログインの状況とイベント履歴というものが表示される。
「これは検索コードの一種で、入力したプレイヤーの動きを知ることが出来る。元々は凶悪で手が付けられないPKとの衝突から出来たって噂のものだ」
そう説明しながら開いているヨハンの1人をクリックすると、その人は今はログアウトしていて、イベント履歴に『期間限定イベント参加者』と表示されていた。
「金を出せばもっと細かい情報も出せるが、今はいらないだろ」
パスの画面を戻しながら、さっき見せてくれたパスの情報を説明していると、隣にいた斗真くんが「あんたどんだけ金持ってんの」と不機嫌な顔をしていた。
こっそり尋ねると、この検索エンジンの登録IDは高額の値で売買されていることを教えてくれる。
「普通の奴は駅に設置されている検索エンジンを使うんだけどな。使用値段もそれほど高くないし」
斗真くんが高いというのなら私なんかはとても手が出せる代物じゃないのと、それがレアな機能であること位はなんとか理解出来た。
(本当に色んなこと知っているんだな)
情報を知らなければ損をすることも、お金がないと何も知ることが出来ないことは現実世界とすごくよく似ている。
きっと知らなかったら自分の危険もわかることなくそのイベントの参加を考えていたかもしれないし、その『信長』という人が危険な人物であるのも知らなかったかもしれない。
それよりも、他のプレイヤーを調べられるということすら知らなかった。
(他のプレイヤー…)
衝撃が走った。
「その検索で色んな人の事調べること出来るんですか!?」
赤いスポーツウォッチがある左腕を掴むような恰好で顔を近づけると、その勢いに目を丸くした正親さんが、私のいつもと違う雰囲気に口をわずかに歪めた。
「プレイヤーの名前がわかればな。複数いる時はそいつの『本名』で詳細検索かければもっと絞られるが…誰か知りたい奴でもいるのか?」
「“タスク”!タスクって人がいないか知りたい!」
「たすく…ねぇ…」
私の言葉を反芻しながら正親さんがさっきと同じように検索エンジンを開き、空白のところに『タスク』と打ち込む。
砂時計が何回か回転して出た検索結果は24件。
「皆守…皆守 匡って入れて!」
「わかったわかった、そんなに慌てんな」
食い入るように検索結果を待ち続けると、今度は砂時計がそれほど回転することなく結果が映し出される。
「……0件…」
一気に気持ちがしぼんで、ずるずると席に座りこむ。
「皆守って言うからお前の兄弟か親戚か何かか?」
「……」
答える気力すらなくなって、緩慢に首をふる。
(ここには…いない…)
「ゆずる?大丈夫?」
その決定的な事実を突きつけられて、足元がゆらゆらと揺れる。斗真くんが呼んでくれていた気がしたけど、それもどこか遠くに聞こえる。
(私がしてきたことも…しようとしていることも…無駄…)
事実を受け入れきれない気持ちが、涙となって頬を伝う。
(ここにいると感じていたこの感覚は…間違っていたの?)
「ゆずる…」
斗真くんが気遣うようにそっと名前を呼んでくれているのは聞こえているのに、それに答えることも、応える気持ちも出来ずにいる。
ただ『いない』という現実だけが、重くのしかかって気持ちの逃げ場が見つからない。
嗚咽をなんとか我慢しようときつく唇を噛んで、それでもこぼれてしまいそうになる声を抑えるように両手を塞いだけど、閉じた視界には、ちらっとしか見ていない検索結果が焼き付いてしまって離れそうもない。
(私を拒絶しないと思っていた…この世界にもいてくれないの?)
「う…っ」
人目も何もかも気にすることが出来なくて、自分の気持ちの出所ばかり探していると、そんな様子を心配そうに見てくれていたのか、それとも何ともないと思っていたのかわからない、いつもの少し低くて耳に心地のいい声が、するりと入り込んでくる。
「『ロック』をかけていなきゃいないってことになるな」
「ろ…っく…?」
「見てろ」
そう言うと、正親さんは一番最初の検索エンジンのところに『穂積 正親』と入力する。
検索をかけて数秒もしない内に『検索結果 0件』の表示が出る。
「俺は検索ロックのIDを持ってるから検索エンジンではひっかからねぇ。最も超レアのプラチナカードでも持っていれば話は別になるかもしれないがな」
つまり。と言うと、涙でいっぱいになりながらもぽかんとしている私の顔に、おしぼりを押しつけた。
「後はお前の目で確かめろ」
それ以上私に慰めも説明はいらなかった。
震える手でおしぼりを受け止めると大きく1つうなずく。
それを見て満足したのか、正親さんから「よし」と短い声が聞こえた。
(私は諦めなくてもいいのかな…)
中指には確かに存在する指輪
今は私のタンスに大事にしまってある洋服
パスの中にある1通の手紙
(私は諦めたくないよ…匡)
残る希望にすがるように、おしぼりをぎゅっと顔に押し当てた。




