Pase3-2
足取りが早くなってしまうのは仕方ない。
どきどきする気持ちばかり先行してうまく走れないけど、こんなに家が待ち遠しいと思う気持ちは周りの目を気にしていたときのものと全然違う。
パンプスでさらに足元が覚束ないのがもどかしくて仕方なかった。早く家に帰って本を読んでみたい。その気持ちだけで家路を急ぐ。
何人かが私とすれ違って、何人かが私を見たような気がしたけど、その視線すら気にせずただひたすらに走った。
玄関で靴を整える手間すらもどかしくて、足早に2階にあがる。
滑り込むようにして入った白と黒のツートーンの部屋で、息を整えながらいつもの定位置にしゃがみ込む。
最初のページは震えてうまくめくれなかったけど、それよりも物語の内容が知りたくて、ページをめくる手をせかす。
お伽草子の中は鎌倉時代末から江戸時代にかけて成立した、それまでにない新規な主題を取り上げた短編の絵入り物語で、今で言う童話の短編集に近いものだった。
それを現代語で、しかも有名なものをいくつか集めて紹介しているもののようで、背表紙を見るとこの本は3つ目の御伽草子の本にということになっていた。
(1とか2とかにも名前が載っているか見ておけばよかった)
今さらになって自分の早合点さに呆れる。あの人だってたまたまこれを読んでいたから、これが特別なモノのように見えてしまったかもしれない。
今からいけばその真偽をすぐに確かめることも出来たけど、それより目の前の本を読んでみたい気持ちが勝ってしまい、腰が動こうとしない。
そんな自分の体と気持ちに自身で苦笑しながらもページをめくる。
(一寸法師や…浦島太郎とかも入っているんだ…)
確かにそれらは昔からなじみがあったし、絵本で1度は見たことがあった。
内容だって知っている。けれどそれらがこんな古めかしい本の中に書かれているのはなんだか奇妙な感じがする。
(確かにいつも『むかしむかし』で始まってたような)
内容は私が知っていた物語と出だしの話はそうは違っていなかったし、挿絵として書かれていたものも、特に変わったものもなかったけど、これを匡が真面目な顔をして読んでいたとしたらと考えると自然と頬がゆるくなる。
私が知らないところでこんなかわいらしい本を読んでいた。そんな面にも触れることが出来た気がしてうれしい。
(へぇ…浦島太郎って竜宮城に行くって話じゃなかったんだ…)
いつの間にか目的も忘れて童話にのめり込んで読み始めると、私が知っていて、広く知られている昔話と少し違うところも見られる。
(次は…酒呑童子…?)
聞いたことがない名前の物語が主人公の話が最後に書かれていて、表紙の絵も他の物語に比べどことなくおどろおどろしい感じがする。
酒呑童子とは、平安時代の京都付近で暴れまわったとされる日本史上最大最強の鬼である。
彼のエピソードがのちに様々な芸能関係に影響を与えたり、その退治刀が天下五剣のひとつ『童子切安綱』として伝わるなど、日本の文化史上に遺した影響は非常に大きい。
酒顛童子、酒天童子、朱点童子と書かれることもあるが、多くの場合「酒呑童子」とされる。
平安の世に、怪しい事件が起こりました。
丹波の国、大江山には鬼が住んでおり、日が暮れると都に出没し、 器量の良い娘をさらっていくのです。
そんなある日のことです。
池田の中納言の一人娘で、とても美しい姫がさらわれました。
姫を寵愛していた両親の歎き(なげき)は、語りようもないほどでした。
中納言は、急ぎこのことを報告しました。
帝は公卿や大臣を集めて議論しましたが、よい方策が見つかりません。
そんな中、関白が進み出て進言しました。
「今ここに、源頼光を召せられて、鬼を退治するよう命じられますように」
(鬼退治みたいなものかな…)
話の流れは昔若い娘をさらっていく鬼に大事な娘をさらわれた偉い人が、鬼退治で有名な源頼光という武士とその5人の仲間にその鬼を退治するように命じる。
頼光達は途中で鬼退治に必要なものを手に入れて、酒呑童子の元にたどり着き、宴の中でそのお酒を使い、前後不覚になった鬼達を一網打尽にするという話だった。
物語の途中、挿絵で書かれていた鬼の姿は、白黒のイラストだったが、人間とも大男ともとれるような大柄の体躯で、前身は毛で薄黒くなっている不気味なものだった。
(これが…鬼)
鬼なんて現実で見たこともないし、思い出の中の絵本の中で鬼といえば、頭に角が生えていて、雷柄のパンツにこん棒のようなものを持っていたというイメージしかない。
けれど、このイラストの鬼は昔の人が着るような着物に近い衣装を着ているし、髪形ももじゃもじゃのパーマ頭というより、無造作に生えた髪の毛を、ざりざりに切られた跡があるといった浮浪者に近い風貌をしている。
(鬼か…)
なぜかこの物語が読み終わった後も私の記憶の一番上にぷかりと浮いたままだった。
特に話が残酷だとか、理不尽だとかそういうものもなかったし、強いていうならば他の作品が結末まで知っているもので、これが初めて見た物語だった。
といえばそれまでだけど。
「…あ!」
ぼんやりと本の余韻に浸っていたらいつの間にか夕方近くになっているのを、窓から入り込む日差しの低さで感じ取る。
(そういえば今日は正親さんと斗真くんと会うんだった)
最初は辞めようと思っていたゲームに、気が付けばそれを中心に1日の時間配分を考えている。
そんな日がくるとは思っていなかった。
別にペナルティが怖いというわけでもない。
勿論死ぬことは怖いけれど、今の私を動かしているのは別の気持ちだった。
目の前にいくつも謎が提示されている。けれど、それを解く鍵は今のところ1つもない。
手ごたえだってないはずだけど、不思議とあの世界は私を拒まない。
まるで匡の部屋のように、匡と一緒にいった場所のように、私を冷たく拒絶しない。
そうして気が付くと、私はあの世界にいる。まるで匡が残してくれた残り香を、辿る蝶のように。
それが考えるよりも戸惑うことなく心に受け入れられて、おかしいと思う気持ちよりも勝る。
匡が導いてくれるのなら、きっとその道は正しい。そう思うから。
それに心細さも少ないのが要因の1つなのかもしれない。
洋服を見てもらってから何日か経ったけど、四六時中2人といられるわけでもないし、レベルにそもそも絶対的な差があるからおいそれと馴れ馴れしくするのも出来ないけど、そんな私に2人は何てことないと言った風に声をかけてくれた。
さすがに毎日とはいかないけど。と前置きしながらも斗真くんは声をかけてくれる。
正親さんは、意外なことに面倒くさいと連呼しながらも面倒見がすごくいいのか、だいたい毎日何かしらの誘いをかけてくれる。




