Phase9-4
「?ゆずる…?」
斗真くんの横を抜けて音がする方に近づくと、それに従って『なにか』の音がだんだんと大きくなる。
抵抗もなく開いた扉の向こう、そこには血だらけで倒れている甲冑姿の男性と、その奥に蠢く1つの小さな影。
音はその奥から聞こえている。
「…だれ…?」
おそるおそる声をかけると、その影は揺れ、さらに音が大きくなる。
それが鎖の音だとわかったのは、暗闇から出てきた少年の姿を見た時だった。
「っ!」
少年は金色だった髪の毛の半分以上は血で赤く染まっていて、口元と両手はべっとりと赤で染まっている。
かろうじてズボンは履いていたがそれもあちこちが破れ赤く染まっていて、両手と両足には不自然に大きい手錠がかけられていた。
少年は私を視界に捉えると目から涙をこぼし、その場にしゃがみこんだ。
おびただしい程の血の量と異常な光景にも関わらず意識を失わなかったのは、目の前にいる少年の青い瞳がとても純粋なものに見えたからかもしれない。
少年は涙を流しながらも、声をあげることはなく、何かを伝えようとして、でも声にならないうめき声を上げ続ける。
「うわ!なんだそいつ!」
遅れて入ってきた2人が少年を見て、斗真くんが声をあげたが、正親さんはすぐにその少年の異常性に気が付いたのか、私の横にしゃがみ込む。
「こいつ…しゃべれねぇな」
「…本当だ」
べっとりと濡れていた両手を無理やりどかした斗真くんが、少年の口元を見てその意味がわかったのか、目元をきつくした。
少年の口の中に、あるはずのものがない。
「舌が…」
それでも少年は何かを私達に伝えたいのか必死になって涙を流している。
それがたとえNPCの与えられた役目であったとしても、私達は止める手だてがない。
少年はただその姿を見ている私達にすがるかのようにしゃがみ込むと、足元の靴に自分の額をつけるようにしてひたすら泣いている。
(私に救えるものがあればいいのに…)
「この子…回復薬とか使えませんか…?」
この世界をよく知る正親さんに何とか助かる方法はないものかと聞いてみたが、返ってきた言葉はそんな私の甘い考えを一掃する現実だけだった。
「無理だ。ないものを“再生する”のと傷を“癒す”ものは別次元だ」
「……」
そう言っているうちに少年の息はますます荒くなる。
ただ泣くことと祈るような仕草をすることだけはやめようとしない。
(やっぱり私にも何も出来ないのかな)
泣いている彼をせめて少しでも慰めようと冷たくなっている手先を温めるように握っていると、黙っていた口が重々しく開かれた。
「……オレならどうにか出来るかもしれない」
重々しく開かれた口は、斗真くんのものだった。
「斗真くん…?」
その呼び掛けには答えず、すっと私の横に立って私の足元で額を地面にこすり付けている少年を見ると、何回か深呼吸をした。
- シンボル ヲ 使用 シマスカ? -
何回か聞いたことのある警告音、それに斗真くんが神妙な顔つきで軽くうなずくと、突然斗真くんがその場に膝をついた。
「う……」
両手で頭を抑える仕草と、わずかに漏れたうめき声が尋常じゃない事を伝える。
「斗真くん!?斗真くん!!」
思わず体を支えて何度か呼びかけるが、眉間に皺を寄せたまま返事をしようとしない。
「斗真くん!」
「だま…ってろ」
かろうじて口元から洩れたような声がして支える手を緩めると、私の足元から淡い光が漏れだす。
その方向へ目を向けると、うずくまっている少年の顔の近くから光は放出されているようで、当の本人も驚いているかのように涙でいっぱいの目を丸くして自分の口元を見ている。
口の中のないはずの部分、
そこには3Dを制作する時にパソコンの画面上に書かれている無数の線のようなものが口の中の真っ赤な空間に描かれていて、
線が最初大きな外枠だけだったのがだんだんと細かい線が書き込まれることでより立体として鮮明化し、何もなかったところに舌の3D画像を作りだす。
そしてそれに着色をほどこすかのように根元から薄ピンクに染まっていくと、少年の口の中になかったはずの舌が戻っていた。
少年は最初このことが信じられないといった様子で、何度も自分の口の中の感触を手を使って確かめていたが、その内口から何度か息を吐き出した。
「あ…ああ…」
そしてようやく自分の声が戻ってきたことを確かめると、涙でくしゃくしゃになった顔をさらにくしゃくしゃにした。
「さっさと言いたいこと…言えよ」
斗真くんはけだるそうに両膝をついたまま荒い呼吸を繰り返している。
「お前…『回復』タイプのシンボルなのか…」
正親さんが珍しいものを見たような口調で斗真くんに声をかけると、斗真くんはいつもの調子で不機嫌そうな顔で正親さんから目を背けた。
「だったら何だよ…似合わないとか…言いたいんだろ」
「珍しいシンボルなのは確かだな。ないものを作り出すのはかなり負荷がかかるのに何でやった」
「うる…さい。死ぬまでほっといたら…ゆずるがまた…へこむだろ。鬱陶しいから…だ」
「斗真くん…」
「オレの…オレが嫌だからやった…そんな顔するな…」
「ああ…ありがとうございます…天使様…」
「…おい、お前俺達に何が言いたかった?」
斗真くんにむけて涙でいっぱいの顔で祈るような仕草をしている少年は、正親さんの一言ではっとしたように私に向き直る。
「我が当主が…大事にしていたものを侵入者に取られてしまいまして…私が何とか取り返そうと…そうしたら隠し場所をしゃべれないようにと…」
「大事にしていたもの?」
私が声をかけると、少年真っ赤に染まった両手を床につける。
「ジャンヌ様、あなた様からいただいたものだと伺っております。どうか…どうか今一度我が当主にあなた様の手からお授けください」
「え…?ジャンヌ?」
少年は私をジャンヌと勘違いしているようで、恭しく頭を下げた。
そして出血してふらつく体を奮い立たせるようにして入り口近くで倒れていた甲冑姿の男の胸元を漁り始めた。
引きちぎられるようにして少年の手元に残ったのは小さな麻袋、その中から木彫りの十字架を取り出すと、私の元にそれを差し出す。
「お願いいたします…我が当主を鎮められるものはあなた様しかおりません…」
「私は…ジャンヌじゃ…」
「お願いいたします…」
少年の気迫に負けるような形で血だらけの手からそっと木彫りの十字架を受け取ると、少年はそれを見てニコリと笑い、笑った顔から涙を流した。
床に垂れた涙が2、3滴と床を濡らすと、少年は笑顔のままゆっくりと目を閉じた。
力をなくした体は役目を終えたかのように音もなく床に横になると、二度と目を開けることも口を開くこともしなかった。
悲しみは不思議とこみあげてこなかった。
それほどまでに少年の顔は穏やかで満ち足りていたものに見えた。
力を失った手には、ぬくもりがまだ残っていた。それをもう1度握りしめると、無機質な電子音がまた聞こえる。
― クエスト ヲ クリア シマシタ-




