Phase9-3
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「な…中にもたくさんいるなんて…聞いてない…」
石膏像が外だけのインテリアなんて思い込んでいた私達が軽薄だったのか、それとも全てを任せてさっさと奥に行ってしまった2人を薄情と思えばいいのか、
次々とやってくる無機質な少年像をあれこれと逃げながら何とか扉までたどり着いたと思ったら、
中でうろうろしていた少年像とばったり遭遇。
中には甲冑を着た騎士像や、途中でおそらく倒されてしまっただろう討伐目的だった人達の亡骸が足元に転がっていたりと、広いとは言っても限界がある廊下は一種のカオス状態だった。
中には先の2人に壊された像があちこちに破片として落ちていたが、それでも倒すにはあまりにも敵が集まり過ぎていて足元も悪い。
何とか何もない部屋に滑り込むようにして入り鍵をかけた時は3人とも肩で息をしていた。
私なんかは運動なんてほとんどしていなかったもんだから、ただ逃げていただけなのに息はたえだえな状態。
攻撃しながら私に当たらないようにかばってくれた正親さんと、その横から銃で応戦してくれた斗真くんは私なんか比べものにならない位疲れているに違いないのに、何もしてない私より平気な顔している。
特に正親さんは今でも肩で息をしている斗真くんとは違い、何回か呼吸を整えるとけろりとした顔をしているようにさえ見える。
「リロードしていたら…保たなかったかもしれない…」
「さっそく役に立つ機会があってよかったな」
「…黙れメガネ…」
「ここ…ごほっ…は?」
「お前…息が整ってから言えって…」
情けない位過呼吸手前になっている私の、背中をさすりながらため息をついている正親さんの優しさがちょっと痛かったが、
息を整えないと会話はおろかまた敵が襲ってきても逃げられそうもない。
ぜえぜえと深呼吸と荒い呼吸を繰り返しながら部屋のインテリアに目をやると、長い机があり、奥には暖炉のようなものが見える。
(ここ…)
『ジャンヌ様、フランス軍は破竹の勢い、あなた様が先導に立つとまるで神の導きのように勝利を収めることが出来る』
『買いかぶり過ぎだジル』
『そんな事はございません。私には見えるのです。戦場を走るあなた様はまるで雄々しき獅子の神、セクメト神そのものでございます』
『獅子とはまた獰猛なものだな』
『夕日を浴びてたなびく髪は鬣のようにきらめき、その横顔は女神にも似た神々しさ…目をつぶらざるを得ない眩しさなのに、目をつぶることを惜しいと思ってしまうのです。荒々しい程の神々しさを』
『お前は…とんだ詩人だな…』
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ジル・ド・レさんは私達とあまり口を利かなかった。
というより彼女のそばを離れなかったと言った方が正しいのかもしれない。
彼は常に彼女のそばを離れなかったし、どんなに危険なところでもどんなに些細なことでも彼女とともにいた。
そんな彼がジャンヌを食事に誘ったとき、通してくれた部屋がこの場所とすごく似ている。
その場所がどこだったのか、めまぐるしく変わっていったストーリーの中からはっきりと思い出すことは出来なかったけど、この場所はあの場所そのものに近い位、あの時のみんなを鮮明に蘇らせる。
その食卓の場で、彼女とその気心知れた仲間達は、戦果を褒め称え、そしてまだ見ぬフランスの未来を思い描いて笑っていた。
彼女もうれしそうに笑い、そしてその隣で笑っていた彼の顔もまた、うれしそうだった。
その思い出だけは汚してはいけないと、そんな彼の思いがここには大事にしまわれているかのようだった。
大事にしまわれていたから私もそれに気付くことが出来た。
そう考えてふと、何の変哲もないこの場所を、必死で心の拠り所にしようとしていただろう、そんな彼の後ろ姿がちらつく。
「食堂か何かか?なんでここは敵がいないんだろ」
「大事な…場所…」
大事な思い出はもしかしたら彼の中には他にもまだ残っているかもしれない。
(もしかしたら)
「あ、あの!」
彼女と彼の間にはたった数日、数年では片づけられない思い出と想いがあった。
それは歴史では語られることも、ジャンヌが死んでしまった後の病んでしまった彼に残されたものなど脚光を浴びられなかったかもしれない。
けれど確かにここにある。
彼女が死んでしまった後も彼女を思い出せるようなものが、ここにはある。
きっと他にもそれは残っていて、隠されているかもしれないけど、まだ色を失ってはいないかもしれない。
「…1つ言っておく。お前はこいつの何かを知ってて、多少なりとも希望を持ってるかもしれないけどな。それが全部『あたり』ってわけにはいかねぇぞ」
「まさちか…さん…」
「ここは確かに正規の歴史じゃない。けどあいつが狂っているのはここの歴史でも『現実』だ」
「メガネが言いたいのは残虐で有名な“青髭ジル”がやってきた非道がこの屋敷のあちこちで見つかる可能性があるってことで…」
そう言って言葉を切った。私自身もその後に続く言葉はわかっている。
「綺麗な思い出だけじゃないって事」
「そう…ですよね」
そう思いたかった。けど現実はそうは甘くない。
それを2人はちゃんと知っていて、この先に考えられるものを想定している。
(やっぱり…2人が言う通りなのかな)
信じるのは自由だけど、幻想は時として現実よりも残酷な事は、誰よりも身に染みてわかっているはずなのに。
「…って言ってもお前はやっぱりあちこち探したいんだろ?」
「…」
「だよな。あんたに余計な事するなっていうオレらが馬鹿らしくなるんだけど」
「え…」
「忠告はしたからな。だから…1番最初に入ろうとするな」
「卒倒されても困るし」
「あ…ありがとうございます」
「じゃあ行くか」
出ていく前にもう1度食堂の風景を見返した。
彼の心の中にもここと同じような景色が残っていてほしい。
甘いと言われそうな思いは、やっぱり簡単には捨てきれなかった。
しばらく息を整えながら代わり映えのしない景色を横目に進む。
その扉のほとんどは中側から何かがつかえて開かなかったり、扉がいびつに歪んで開かなかったりするものもあったが、ぎいぎいと錆びついた音を立てる扉を開けると、
同時に漂ってきた鼻を刺激するような匂いとともに視界が塞がれた。私の左前にいた斗真くんが短い悲鳴を上げる。
「ひでぇ…」
「お前はこのままにされておけ。お前が見ても仕方ない」
「は…はい」
屋敷の奥へ行くに従って血と何かが腐ったような匂いはきつくなっていく。
それに比例するかのように、正親さんが私の目を覆う回数も増えていった。
足元にはカーペットが吸いきれなくなっていた血のなごりがべっとりとついていて、足元を赤く染める。
石膏像の姿はもう見えないところまで来ていたけど、ゴールと思わしき屋敷の中央部分にはまだ遠いのか、延々と曲がり角と廊下、それに連なっているいくつかの部屋の繰り返しを進んでいる。
「部屋の構造からしておかしくない?これだけ進んでまだ上り階段も下り階段も見つからないなんて」
不機嫌に顔をしかめた斗真くんが、それでも冷静に部屋のパスと自分達が進んできた道を照合してる。
「現実じゃないんだからそこら辺はどうとでも作り変えられるだろ。先を行ったやつらがいるんだから、トリックがあるとしたら俺達が通る時にはもう攻略済みだ」
「そうだけど…」
「―――――――」
(…今…)
2人を見るが、パスを見ながら話をしているのは見えるが、特に変わった様子はない。
「――――――――――」
きょろきょろと辺りを見回すと、長い廊下の手前から2つ目の扉、うっすらと明かりがついている部屋の室内に何か黒い影が動いているように見える。




