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secret GARDEN- Klotho -  作者: 蜜熊
Quest1
7/226

SAVE1:Phase1

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「う…」


遮光カーテンから差し込むわずかな光に目を細めると、外はすでに日が昇っていることに気が付く。


時間の感覚は・・・ない。


体はどこも疲れていないはずなのにひどく眠い。頭もぼんやりとして白いもやがかかっているようだ。


視線だけ泳がすと見慣れた部屋の風景が目に映る。ここは私の部屋ではない。


けれど自分の部屋ではないその部屋がひどく落ち着く。まるでそこが自分のあるべき居場所であるかのように、その部屋の全てが私を拒絶しない。

そのまどろみに近い感覚に身をゆだねていると、下から規則正しい足音が近づいてきた。


その足音は部屋の前までやってくると、中の人物を確かめることなくドアを開く。


「あぁ、私のかわいい“タスク”。帰ってきてくれたのね」


慈愛に満ちた美しい横顔、その顔は母というよりはメスの顔をうかべ、目の前の人物を焦点の定まらない瞳でうっとりと見つめる。


そして私はまた同じセリフを繰り返す。


「ただいま…母さん」


「タスク、あのね。母さんしばらくお仕事休むことにしたのよ」


「これからはずっとタスクのそばにいるわ。今まで寂しい思いをさせてごめんね」


「今日はタスクの大好きなチーズオムレツを作ったのよ」


何が楽しいのか目の前の美しい女性は歌を口ずさむかのようにセリフを重ねる。


それを私は「そうだね」「うん」と繰り返しながら味気のしない朝食を口に運んでいくのだ。それが私の日常。


この家に時計はない。無駄に大きい60インチを超えるテレビもただの置物と化して久しいものになっている。

最初は不便で母親の目を盗んでつけようとしたが、そのたび狂ったように怒り、時に泣きわめく姿を何度も見るたびにその気持ちもいつしか失せてしまった。


しんと静まり返った家に外の鳥の鳴き声と母親の声だけがやたらと響く。


いつもなら朝食を食べ終わったら昼食の準備が終わるまで自分の部屋でネットをして時間をつぶすなりするのだが、今日はいつもと違っていた。


「あの、かあ…さん」


自分から話しかけるなんていつぶりだろう。実の母親にそこまで緊張している自分の姿ははたから見たらさぞかし不自然に映るだろう。


「なぁに?」


そういってほほ笑む姿は幼い頃からブラウン管越しにみていた姿からなんら衰えは見られない。


あの頃はまさか母親がこうやって自分のそばにこうやっていてくれる存在になるとは思ってもみなかった。

まるで他人のようにテレビ1枚隔てた先に住む別世界の人。それが今は自分の瞳にしか映らない存在になっている。


「あの…わ…僕…学校に…」


全てを言い終わるより前に目の前の美しい女性の顔はみるみる醜く歪み、弧を描いて笑みを浮かべていた口元は怒りに震えだした。


「だめよ!!学校なんてだめよ!タスクまで『ユズル』ちゃんのようになったら…私私…っ」


そういうと泣きだし、何かに憑りつかれたかのように目の前の皿を投げつける。

1つはあらぬ方向に、1つは壁にぶつかり、1つは私の腕に当たって砕けた。


「母さんがずっと守ってあげるから!タスクは何も心配しなくていいの!あなたはここから出ちゃダメなの!!」


目の前にはぶちまけられた色とりどりの野菜とオムレツの黄色が目に入るが、それが全部灰色の色彩で埋め尽くされていく。


「いいわね!タスク!!」


目の焦点があっていない女性はそう言い、私の髪を優しく撫でつけた。


「わかったよ…母さん」



それが私の日常。


私の時間も『タスク』の時間もある時期を境に時計の針が止まった。

もう私達を知る人なんてほとんどいないだろう。


学校なんて本当はどうでもいい。学校に行かなくなった私に会えなくて寂しいなんて言ってくれる人も時間とともに減った。やってみたいことなんてない。誰と話していいのかわからない。

いじめられもしないし、いるとも扱われない空気と同じ存在。


「わかっていたのに…どうして」


どうしていっちゃったんだろう。


あちこち痛む体を抱きしめて視線だけそこに移す。


そこには型落ちしてもう何年もたった子供用の携帯電話が、時が経つのも忘れているかのように、綺麗な状態で床に落ちていた。






学校で待ってるよ





「何…期待してるんだろ…」


このメールだっておざなりの社交辞令メールだってことはわかっているのに。

目頭が熱くなる。もう泣いたってどうしようもないのはわかっているのに。


父親だってわかっている。だから欲しいものは全て与えてくれるんだろう。

この家から出られない私へのせめての謝罪のつもりで、人身御供のお供えのような感覚で、物を惜しみなく与えてくれるんだろう。


最初は訳が分からなくて泣いて、声がかれて、手の皮がむけるまでドアを叩いて、声帯を傷つけて声が出なくなって、それでもこの檻は私を開放する気がないのを知り


そして諦めたのだ。


(諦めたのに何泣いているんだろう)


この頬を伝う涙はきっと私のものじゃない。


だって私は悲しくないもの。


もう1度体をぎゅっと抱きしめると、ゆっくりと瞼を閉じた。

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