SAVE6
Phase8
一面は焦げ付いた煤くさい匂いが漂っていた。
無理もない、相手が火を操る悪魔だったのだ。それより前に火刑なんて馬鹿くさいイベントもあった、戻ったら服をクリーニングしないと相当臭いはずだ。
ジャンヌダルクはフランスの歴史上の偉人だった。
ただ『それだけ』だった。
ましてやこの世界で出てくるキャストにいちいち感情移入していたらクエストなんてクリア出来ない。
それと同様にたまたま組んだプレイヤーの事も、感情移入する必要もない。それこそ時間と労力の無駄だ。
チケットを持たないやつらが乱入者にやられるのは予定通りだった。
まあ低レベル帯のプレイヤーばかりだったし、一応の忠告はしたつもりでいたが、聞かなかったのは自己責任であっておれの責任でもなんでもない。
ただ・・・唯一の女性で、同じチケット持ちの彼女だけは、おれ達と一緒にクリアする資格はある。
同じ土俵にいると言った方が正しいか。
だからそれなりに気にもかけていたし、最悪ログアウトしそうな場面では助けてやろうとも思っていた。
初心者のたまたま運よくチケットを手に入れたものまでむざむざ見殺しにするほどのものでもない。最初は本当にその程度だった。
興味が出たのは名前も今となっては思い出せないプレイヤーの1人が能力値の説明の中で、たまたま彼女の数値を見た時だった。
その興味が今、『確信』に変わった。
「はは…はははっ」
目の前に倒れている少女は意識がないようだ。
規則正しく聞こえる呼吸音から生きていることはわかったが、意識は完全にない。
その証拠に少女の目の前に浮かんでいる追加報酬は、未だ少女の目の前で静かに光り輝いている。それを見ていると、隣から名前を呼ばれる。
振り返った先に立っていた男は、おれが楽しそうにしていたのが不服だったのだろう。いつにもまして視線が冷たい。
「笑ろとる場合か。…何者やねんこの子」
疲れた様子で、でも相変わらず冷静な判断をしようとするおれの優秀な相棒は、おれから目の前の少女へ視線を移し、静かな目で見つめている。
さっきはとっさにこいつのシンボルでどうにかなったが、その冷静な判断力がなかったらこっちも全滅していたかもしれない。
(お小言は甘んじて受けるか)
説明も大してしていなかったことには多少なりとも悪いと思っている。『原罪』と『犠牲』、この2つの値が飛び抜けて高かったと、それ位の説明はするべきだった。
「紹介したやろ、野良で一緒になったゆずるちゃんだって」
「そんなこと聞きたい訳ないやろ」
「そやね」
眠っている間に解錠した結果、特に突出した情報はなかった。
気になる情報はいくつかあったが。
まずこのクエストをやる前にやった2つのクエスト、1つは初めてのクエストなのに2人PTでプレイしていたこと、そして隠しクエストの条件をクリアしたこと。
2つ目はおれの身内でもクリアしたのは片手もいない迷宮からの脱出をクリアしていたこと。
あろうことか隠しクエストすら開いていたこと。
その報酬で今ここにいることを結論付けるのは想像に難くないものだった。
その過程で、この子がただの初心者ではないのは十分にわかるものだったが、指にはめている指輪がSランクのものであることもどんな経緯で手に入れたものなのかも不思議の1つだ。
けれどおれの興味を引いたのはそんな経歴でもなんでもない。
「ただのかわいい子…ってわけやなさそうやね」
「そんな子に『オーバーキル(限界値攻撃)』が出来るわけないやろ」
あの悪魔が一撃やぞ。
相棒の声は冷静を通り越して冷徹に近い響きがあった。無理もない。
シンボルの強さを示す2つの値が振り切れるほどに高かった。あの『シンボル』は危険だ。
そして、それは今まで彼女が背負ってきたものがいかに残酷で罪深く、犠牲を孕んできたものかもわかる。その2つだけは今更どうにか出来るものでもない代わりに、確実に彼女の心を蝕んでいく。
今まで壊れなかったのが不思議な位だが、その不遇と呪怨のような現実を経験している事実こそが、
この死んだように眠る少女が自分達から“何もかも奪える立場”に立たせる力になっているとは。
何て滑稽で、面白いんだろう。
「あんたは知っとるん?」
独り言のようにつぶやいた問いかけに答える声はなかった。
「罪作りな子やなゆずるちゃん」
手入れがされている髪の毛は弄ぶ手からするりと滑り落ちる。
少し前まで香っていた甘い花のような匂いは、煤けた匂いにまぎれて感じられない。
絶叫とともに感じていた細く頼りない腕の感触。
その後に感じた、全てを蹂躙するような暴力は、誰かが言った“聖女の怒り”だったのかもしれない。
知らず口元が緩むのを禁じ得なかった。




