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secret GARDEN- Klotho -  作者: 蜜熊
QUEST2: la Pucelle d'Orleans(オルレアンの乙女)
51/226

Phase2-2

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「さてと、どのような髪形が希望なのかな?」


「あ…あの…えっと…」


軽快なはさみの音を鳴らし、男性は人好きのする笑顔を見せた。


話は数時間前に遡る。


「…美容室?」


「ああ」


ドラマの撮影が一段落付き、珍しく昼からリビングでコーヒーを飲んでいた父親と会ったのが始まりだった。


私の方はクエストが終わりたまたま帰ってきたのがその時間だったのが幸いだったのか、騒ぎになるようなことはぎりぎりのところで回避されたみたいだ。


父親は私の疲れた(事実頭を使って問題を徹夜で解いていた)顔を見て、慣れない家事を必死にこなし、私にもコーヒーを入れてくれたわけだったが、その気遣いすらも今はちょっと遠慮したかった。


(眠い…)


ここで経過していた時間は実際の1/3程度だったが、それでも向こうでの時間が濃厚すぎたのか頭がうまく働いてくれない。父親が話してくれている言葉も頭はあまり拾ってくれない。


「髪伸びたな」


「うん…」


「…邪魔じゃないか?」


「うん…」


「私がよく知る美容室にでもカットしてもらいに行くか…?」


「うん…」


「そうか!」


(……うん?)


「パパ…?」


「夜のニュース番組に入るまで時間があるし、一緒に出ようか」


「え?パパ??」


「私が一緒にいけばやってもらえるから大丈夫だ。他の人と一緒が嫌なら仕事が終わった夜に待ち合わせにしてもいい」


「…美容室?」


「ああ」


(いやだ…怖い)


きっとこんな髪形していたら笑われる。まして日常的に他の人の髪の毛を触っている人が私の手入れもしていない髪の毛なんか触ったら絶対あきれる。


「パ……パパ…」


やっぱりいい。と口にしようとした私を制するように、小さく笑う父親の顔が見えた。


「うれしいよ…ゆずると昔のように出かけるなんて何年振りだろうか…」


「私も少しは父親らしいこと出来るんだな…」


普段からあまり笑わない父親、笑わないというよりどう接したらいいのかわからないから笑顔をいつ作ればいいのかわからない。


昔からそんな不器用な笑い方だった。その顔が嬉しそうに目元を緩める。

それが今までの贖罪からくる安堵なのか、私への家族愛なのかわからなかったが、昔見た父親の笑顔に、断る言葉が見つからなかった。


そして数時間後、場違いな場所に私はいる。


着るものも数年前から一切女の子ものは買ってもらえなくなったし、持っていてサイズが合うのはルームウエアかジャージ程度のものしかなった。


精一杯のおしゃれで、匡がくれた服を着て、それでもいたたまれない気持ちでいっぱいでうつむく私に父親は助手席に座るように促した。


「いらっしゃいませー…って」


「こんばんは、斉藤くんいる?」


「あ、お久しぶりです。店長ですね。ちょっと待っててください」


美容室に入って開口1番で私の隣に立つ人が“あの有名な芸能人”だとわかった店員は興奮を隠しきれないといった様子で奥にいた1人の男性を呼び寄せた。


ほどなくして30~40代の、しかし年齢を感じさせないおしゃれな服装と、よく手入れされた濃い茶色の髪をした男性が奥から顔を出した。


「ああ、お待ちしてましたよ」


「斉藤くんよろしくな。ほら、ゆずる」


そう言って父親の背中に隠れていた私の背中を軽く押す。


私の姿を見て様子を見ていた従業員が目を丸くし息を詰めた声が聞こえ、ますますうつむいていると、頭の上から注がれていた視線だけがゆるくなった気配がした。


「この子が例のゆずるちゃんですか」


「ちょっと頼まれてくれないか」


「こっちこそずっと出し惜しみされていたわけですからはりきっちゃいますよ」


「収録が終わったら迎えに来るから…3時間くらいで頼むよ」


「十分です」


「あ‥ぱ…」


声をかけようとして、周りの好奇の目の中目の前の人物を父と呼んでいいか迷っていると、父親がうつむいていた私の頭に触れた。


「後で迎えに来る。斉藤くんの腕は確かだから大丈夫だ」


「…うん…」


「ささ、ゆずるちゃんは奥の個室にいこうか」


ここだと人目について嫌でしょ?とそっと耳打ちされた。

平日の夜も遅い時間だというのに室内は着飾った女性客がいまだ多く残っていて、中には雑誌を見てこれからカットしてもらおうとした人もいた。


そんな中場違いの恰好と髪形をした私と、誰でも見たことがある有名人が一緒になってやってきたとなれば、どうしても目が行ってしまうのは仕方ない事なのかもしれない。


小さくうなずくと、男の人は手前にいた女性に何やら声をかけ、私の手を引いて奥へとエスコートした。


「後の時間はいないからゆずるちゃんの貸し切りだよ」


奥の別室には椅子が何脚か置かれていたが、誰も座っていない状態で、言葉通り貸し切りのスペースになっているみたいだ。


導かれるようにして椅子に座り、目の前の鏡を見ないようにしていると、後ろ髪に触れる感触。


「っ!」


「うんうん、カラーリングとかしてないから痛んでないし、綺麗に伸ばしたねー」


「くせもないし、本当になにも手入れしてないの?」


てっきり罵倒されるのかと思っていた口からまさから褒め言葉が飛び出すとは思ってなく、言葉も出せずただうなずくと笑う気配。


「君のお父さんもお母さんもごひいきにしてもらってるんだよ。ゆずるちゃんはどっちかというとお母さんと髪質が似てるんだね」


「ま…ママと?」


思わず顔を上げると、鏡越しに見える顔はどこか昔を懐かしむような優しい顔をしていた。


「数年前までは足しげく通ってもらったよ。オレも指名してくれてさ、触るの緊張したもんだよ。

それが今となってはおじさん専門…あ、君のお父さんね。切り甲斐がないっ言ったらありゃしない」


「ふ…」


「笑ったね。ゆずるちゃん、笑うとかわいいよ。前髪で隠しちゃうのはもったいないって」


「あ…」


そう言って重く前にかかっていた前髪をかきあげ「ね」と笑う。


「さてと、どのような髪形が希望なのかな?」


「あ…あの…えっと…」


色んな髪形があるんだけどね。と言われてぱらぱらと美容雑誌を見せてくれるが、そのどれも自分には合わないような髪形ばかりで、自分がしている想像がつかない。


選べと言われてもどれも選べずただページだけをめくっていると、ふと影が動き雑誌を持ち上げた。


「もし候補がいっぱいあって選べないなら、オレがやりたいやつでいい?」


バカにもしてない瞳に、私は思わずうなずいてしまった。


「よし、任せてねー」


軽快にはさみを鳴らす顔は、おもちゃを見つけた子供のようだった。


軽快な音が続き、床に髪の毛が散っていく。


「お父さんから電話かかってきたことなかったからさ何かと思ったけど」


しゃきん


「自分の娘の髪の毛切ってくれなんて…らしくない事するよねあの人も」


しゃきんしゃきん


「そうなんですか…?」


「まあ時々話には聞いてたけど、時々なんかすごく苦しそうに話すからさ。こっちもあまり深く立ち入っちゃいけないのかなと思ってたんだよ」


髪が持ち上げられ、毛先を整えるようにはさみが動く。


「あ、でもゆずるちゃんの事は悪口ってよか自慢にすることが多かったよ」


でもさ、と続ける。


「特にあの事件があってからは見ててこっちが辛くなる位痛々しそうでさ。

家の話題をすると露骨に話するの嫌がってたっけ。自分のことばっかり責めるようなこと言って。…無理ないことだろうけどね」


(あの事件…)


「ゆずるちゃんも寂しい思いしてきたんだろうけど」


しゃきん


「あの人も苦しかったみたいだからさ…許してあげてね」


「……」


「電話なんて初めてもらったんだよ。しかも内容が『娘が外に出たいって言いだしたから綺麗にしてやりたい』だよ?

オレ結構スケジュール調節するの大変だったんだからー」


「え…」


(今日いきなり言ったことじゃないの?)


鏡越しに見える顔は嘘をついている顔はしていなかった。


「これからは父娘で来てね。あ…お母さんと3人で、ぜひ」


「…うん…」


「あ、でも今度はもうちょっと前に予約してってお父さんに言っておいて。オレだって暇じゃないんだからーってさ」


ブローしていた手がとまり、顔に軽く刷毛はけ掛けされる。


「よし、終わり。後ろこんな感じだけどどうかな?」


「…」


鏡に映っていたのはまるで別人だった。


そのことが信じられなくて何も言えずにいると、後ろにいた人が嬉しそうに笑う。


「オレもびっくりしちゃったよー、こんなにかわいくなっちゃうなんて。さすがオレ!とほめたくなるね」


「…もう」


「いいねー、笑うと本当に芸能人かモデルみたいだよ。あ、両親ともそうだからみたいってのもおかしいか」


「店長。頼まれていたもの買ってきましたよ」


声がして手前の入り口から入ってきた女性の店員が鏡の前に座る私を見て息を呑んだ。


「どうよ?オレの腕」


「いやー…びっくりしました。元がいいからですね」


「オレの腕だって」


私と目が合うと、女性は


「さきほどは失礼しました。すごくお似合いですよ」


一礼すると紙袋を男性に渡し、店内に戻っていった。


「こりゃ店内に戻ったら大騒ぎになってるかもなー」


「?」


椅子から立たせてくれた私の前にさきほど女性が持ってきた紙袋を差し出す。


「これ、オレからのプレゼント。着てみて」


後ろにはトイレとフィッティングルームが併設された場所があり、そちらへどうぞと促すように両手が出されていた。


「でもそんな…悪いです…」


「こらこら、ここはおじさんの好意を受け取っておきなさい。おじさんもお父さんでたくさん稼がせて…はいいとして。

あげたものを返されるとおじさんも傷つくわけよ」


逃げ口をやんわりとふさがれると、観念するしかない。


足取り重くフィッティングルームに入ると、外から軽快な声が聞こえる。


「おじさんの特技、サイズ当て。とくとご覧あれ」


(うそ…サイズ…当たってる…)


ワンピースはどこにもひっかかることなく上まであがる。


止められる位置にあるファスナーをあげると、紙袋の底にはヒールが少しあるパステルカラーのパンプスが入っていた。


「靴のサイズまではわからなかったけど、Mで入りそう?」


「あ…はい」


柄の入ったストッキングをはいて、パンプスを履き、履きなれない高さによろめきながら部屋から出ると、箒をかけていた男性が嬉しそうに頬を緩めた。


雅紀まさきさんの気持ちわかるなー…娘の成長を見る父親ってもいいねー…」


「あの?」


「斉藤さんでいいって。それよりちょっとこっち来て」


「?」


「店長。来ましたよ」


「ゆずるちゃん、ちょっと俺に付き合ってね」


斉藤さんはそういうと、私の腕を自分の左腕に絡ませ、ゆっくりと店内へ歩き出した。


個室を開けた先には父親が入り口に設置されているソファーに座っていたのが見えて、声をかけようとしたところを斉藤さんがいたずらっぽくウインクして制止させられる。


何をしたいのかわからないまま顔を見ていると、斉藤さんはあろうことか父親の横をすり抜けていく。


「またのお越しをお待ちしております。お客様」


ソファーの前まで私を案内し、丁寧にお辞儀していた斉藤さんと私のやりとりをちらりと見やり、

かけていた伊達メガネをかけなおし雑誌に視線を戻していた父親の様子を見て、こらえきれないといったように斉藤さんが盛大に笑いだす。


「気づかねーってひどいですよー」


「…?」


「ぱ…パパ…」


こっそりと呼ぶと、隣で座っていた姿が勢いよく立ち上がる。


「ゆずる!?」


「まあ気持ちわからないわけでもないですけどね。この変わり様に驚いたうちのスタッフもいましたしねー」


ちらっとみると作業をしていたスタッフの何人かがばつが悪そうに顔を背け、何人かが苦笑し、何人かがぎくっと体を強張らせた。


「ありゃ、ほぼ全員か」


「ゆずる…なのか?」


驚いている父親の視線が痛くて、うつむいて両手で切りたての髪の毛をいじっていると、ほっと息をつくように父親が小さく笑った。


「姿恰好は変わってもその癖は変わらないな」


「今回はゆずるちゃんのかわいさに免じてタダにしますんで、浮いたお金で服でも買ってやってください」


「全く君は…。ありがとう、また来る」


「またのお越しをお待ちしております。お客様方」


私達を乗せた車が角を曲がるまで手を振ってくれた斉藤さんの顔を見ていたら、運転していた父親が


「大丈夫…かわいいよ」


エンジン音に交じって小さく言ってくれた言葉は、たくさん言葉をかけてくれた斉藤さんの言葉やはさみ、気遣いのどれよりも私の気持ちを軽くしてくれた。


重たくて仕方なかった気持ちは、切った髪の毛の分軽くなった気がした。



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