Phase9-1
「ったくどうして中立地帯がこう鬱々とした部屋になってるんだろ。ちょっと考えてくれたっていいじゃん」
気まずさをごまかすようにいつもより大きめな声を出して斗真くんが部屋の周りを見回す。
「なんか気の利いたものでも…ん?」
「どうかしたの?」
置かれていた机につけられていた唯一の引き出しを開けようとした手がぴたりと止まる。
「なんだよ開かないじゃんこれ」
がたがたと力を入れるが、引き出しは何かがひっかかっているかのようにそれ以上開こうとはしない。
「ちぇ」
次への扉が空いている部屋の開かないものを無理に開ける気もないようで、早々に諦めたその手が、机の上に置かれてあった封筒に伸びる。
「…無駄に凝ってるな」
中に入っていた一枚の手紙を見て、小さく鼻を鳴らす。
「なんて書いてあったの?」
「ん」
私に見せるようにしてくれた封筒は、どこか見覚えのある字。
(これ…あの部屋にあった文字と同じ…?)
「下にあった部屋でもなんか見たことある文字だったけど、内容の陰鬱さからしても多分同一人物なんだろうなこれ」
「我が形見…」
我が形見見つつしのはせ荒珠の年の緒長く我も思はむ
その手紙に挟まれるように短い便箋がもう1枚
これは見たこともない文体の文字でこう書かれていた。
かのものはつばきひめのやうだ
「『あげた形見の品、これを見るたびに私のことを想い出してください。逢えなくとも、いつまでも私も貴方のことを思っています』…こんなところだろうね。
前にどっかの和歌集で詠んだことある歌だ。なのになんで『椿姫』が出てくんの…?」
そう言ってオペラで有名な椿姫の内容をかいつまんで説明してくれた。
「ってわけ。全然意味違うだろ?」
「すごい…斗真くんほんとすごい。本当に何でも知ってるね」
「あんた…だからそういう毒気を抜かれるようなこというのやめてくんない…?」
「お前もひねくれてんなー…」
「黙れおっさん」
「あげたものってこの花なのかな」
そう言って机の上に置かれていた小さな花を指すと、正親さんが花を見て首を振った。
「おそらく違うだろうな。これは『クロッカス』の紫。花言葉は『愛したことを後悔する』とか逆説の意味が多い。意味が合わねぇ」
「じゃあ形見の品ってないじゃん」
「まぁ、そういうことになるな」
(形見の品…)
よく見てみるとこの部屋はなんとなく男性の匂いがする。
実際に匂いがどうというわけではなく、男性がいた部屋の景色に似ている。
部屋に置かれている机も下の階にあったものよりも黒っぽくてどこか硬質な感じがするし、布団の色も寒色で統一されている。
布団の脇にある盆の上に置かれている水差しも、何らかの薬を包んだ薬包紙も、どことなくさびしい気持ちにさせる。部屋の奥、襖の近くの梁にかけられている着物も濃い青の着物だ。
下の階にあったあの部屋を女性の部屋だとするとこの部屋は男性の部屋。
そう考えるのが一番しっくりくる。
(男性に送る形見の品……)
『ああ 離れるのがつらい 何と残酷 ただ今一度 消えてしまう前に よく見せておくれや 貴男の顔 今一度』
(ああ…きっとあそこの女性はこの階の男性に会いたかったんだろうな…)
『あげた形見の品、これを見るたびに私のことを想い出してください。たとえ逢えなくとも、いつまでも私も貴方のことを思っています』
(そんなに想っているのにこの人の部屋には後悔しているような言葉の花と言葉がある)
『かのものはつばきひめのやうだ』
男性が寝て過ごしていたと思われる枕はなんとなく濡れている気がした。
まるで枕を涙でぬらしながら、“誰か”がくるのをずっと待って、それでも“誰か”はやってこなくて。
愛したことすら後悔して、椿姫の主人公が思った相手のように相手に裏切られたと思って、絶望の中死んでいったのだろうか。
(そんなの…さびしい)
「なぁ、時間もないし、ここの部屋にいても滅入るだけだしさっさと行こうよ」
「ぁー…そうだな。……お前何やってるんだよ」
枕を撫でていた私の仕草に訳が分からないといった顔をしている斗真くんと、顔には出さなかったが同じ気持ちをしているだろう正親さんが同じ視線を向けている。
(寂しいな…)
「…『開錠』」
「は?」
紫色の石が淡く光り、左腕から1つのシルエットが浮かび上がる。
私が望んだ『それ』は私の両手の中に納まると、左腕は光を失った。
「…『それ』…」
「…『月下美人』…」
正親さんが口にした『それ』は、私の手から離れた。
枕の横に座る彼女の顔はうれしさともかなしさともどちらとも取れる表情をしている。
「本当はどこかで供養してあげられればと思って持ってきたんですけど…きっと彼女はここにいた方がうれしいかもしれないと…思って…」
正親さんが教えてくれた花言葉、その中でも一番あの部屋の主の気持ちがこもっているように感じた。
どこか連れて行ってほしいと言われた気がした。
(違うんだよ…彼女はあなたに会いたかったんだよ)
『ただ一度会いたくて』
「…ごめんなさい、行きましょうか」
そう言って立ち上がると、私の勢いで置いた月下美人が転がった。その顔はさっきと同じ顔だったが
「…え…」
その顔から涙が1筋流れた。
それと同時に机の方からかたり、と何かが外れる音が聞こえる。
つかえがとれた机の引き出しは何かの重力に従うかのようにひとりでに開き、中には3枚のカードが入っていた。
「うそだ…」
その様子を信じられないものを見るように斗真くんがつぶやく。
机の上、紫色のクロッカスの花はいつの間にか黄色に変色していた。
「……黄色の花言葉は『歓喜』。お礼のつもりなのかもな、それ」
呆然としている私達の代わりにカードをとると、その1枚を私に渡しながら正親さんがどこか感慨深げに言う。
反射的に受け取っていたカードには、ほのかに花の香りが移っていた。




