Phase5-8
「ぁー…なんだよ‥人が寝てるところに…」
のそりと丸太が動き、それが1人の男性であることがわかった。
(なんなのこの人…)
天然パーマなのかそれともぼさぼさなのか、くせのある黒髪と、黒い縁のメガネで顔のほとんどが埋め尽くされており、どこの田舎の学生なのか上下とも緑色のジャージを着ている。
靴に至ってはトイレで使われているサンダル…ではなかったが、黒のクロックスで、一体どういう状態からここにやってきたのかよくわからない恰好だ。
そのぼさぼさ頭の男の人は、頭に敷いてあった枕についていた草を軽く払うと、眠そうな瞳をちらりと向けて
「なんだ…このモップ女…」
(モップ!?)
確かに髪の毛はのばし放題で美容室にも行けなかったし、自分で切れるところなんてたかがしれてる。
左目の方は前髪なのかサイドの髪なのかわからない髪の毛が覆いかぶさっていてほとんど見えないような状態だけど。
(さっきの男の人といい、この人といい…)
2回目の悪口で気が立っていたのか、それともこの人の恰好がそれほど怖そうに見えなかったせいなのか、いつもなら黙っているハズの私の口から言葉が漏れた。
「モップって…そっちだって…モップみたいじゃん…」
「…ぁ?」
眠そうにしていた顔がぴくりと反応した。
「…ぁー…めんどくせ。もういいからさっさと先進めよ。俺は別のとこで寝る」
「へ?」
(寝る?ここで?)
頭をがしがしと掻いてあくびを一つ。
「…なんだよ。初心者クエストなんだから時間内に終わんだろ。ふぁ…今何時だ?」
そう言いながら左腕につけてあった赤いスポーツウォッチを押した男の人の顔色が変わった。
「…おい。お前何してんだよ」
「え?」
突然低い声で言われ、何を言われているか全くわからず男の人の顔を見ると、目があった瞬間ばつが悪そうな顔をした。
「ちっ、知らないでやったのかよ。自分のパスを見てみろ」
私に短くそう告げると、脇に抱えていた枕をパスに戻していた。
言われるがまま紫色の石に触れると、少し前に見たはずの画面表示がいつの間にか変わっていた。
「なに…これ」
QUEST:【EVENT CHANGE】震える森の脅威 PLAY NOW
PARTY:2/2 FULL
MISSION:森神様の怒りを鎮めること NOT CLEARD
TIME:00:13:29/ 69:30:24 (0/1)
SPEED: ALLEGRETTO
「私、こんなクエスト…受けてない」
「そりゃそうだろうな。このクエストは“2人用”だ。1人で受けられるクエストじゃねぇ」
「2人?」
「お前俺のパスに触ったろ。そんで今俺がパスを触っちまった。それでクエスト受注成立だ」
男の人が言うには、私がさっき転んだ時に何らかのはずみで男の人のパスを触ってしまい、PT編成の申し込みを送ってしまったようだ。
そしてそれを知らない男の人がパスに触れてしまったことでその申し込みが受諾。2人組のPTとなってしまったため、今まで私が受けていたクエストが破棄され、それより上位のクエストに書き換えられた。そういうことらしい。
「ぁー…だりぃ…おいモップ。ちょっとパス見せろ」
「だから…っモップじゃない…」
「『解錠』(スキャン)」
―解錠 結果ガ デマシタ-
「…やっぱりお前初心者か。ここのクエストはソロでやるとだいたいレベル5~10位でくるのが普通だが…大方初心者キットの中にチケットでも入ってたんだろ」
「あなた…なんでそれを…」
私のセリフを全部聞き終わるより前に自分のパスからいくつかものを取り出し、その1つを私に向かって投げた。
「めんどくせぇが攻撃は俺がやってやる。モップはせいぜい当たらない程度に逃げとけ。それかぶっていればだいたいの敵はお前の姿は見えないはずだ」
それはキラキラと七色に光った風呂敷のようなショールだった。
男の人の後ろをショールを上からすっぽりかぶってちょこちょこと移動している間、試しに被っているショールを調べようと小声で「解錠」と言っていたら、それが聞こえたのか笑うような気配がした。
「お前の初心者用辞書じゃ載ってねぇよ」
「あなたの辞書には載っているんですか?」
「辞書なんてデータの容量食うもの落としてねぇよ。だいたいは検索サイトで金払えば調べられるからそれ使ってる」
「検索サイトって?」
「調べられるサイトにログイン出来る登録IDが売られてるんだよ」
「どこに?」
「だーかーら。しゃべんなっつの。被ってる意味なくなるだろうが」
- 敵影 ヲ 確認 シマシタ-
突如機械的声が聞こえると同時に、空気がぴりぴりとしていくのを感じる。
「あの…」
「しっ」
首だけの動きで『あっちへいけ』とされたのがわかり、なるべく大きな音をたてないように曲がり角の隅へ移動する。
移動する私と入れ替わりになるかのように何匹ものオオカミのような黒い影と、枯れ木のような樹木が男の人に向かっていった。
「っ!」
声が出そうになるのを我慢して振り返ると、得体のしれない動く樹木に囲まれ、その隙間からオオカミが低く唸り、相手を威嚇しているのが見えた。
男の人は…、やる気がなさそうにあくびをひとつかき、両手を腰につけていた。
(だ…大丈夫なの?なんだかめちゃくちゃ威嚇されてるのに!?)
しばらく様子を見ていた敵側のオオカミの1匹が短く吠えたのを合図に、取り囲んでいた樹木とオオカミが一斉に間合いをつめた。




