Phase5-5
「消えろ」
「ああ!?なんだテメー」
吠えるような声に交じって聞こえた少し高いテノールの声の持ち主は、私にはちょうど背中越しになっていて顔は見えないけど、どこかの制服に左には細身の刀のようなものを持っており、制止するように出されている左手にはグローブのようなものがはめられていた。
その左手がすっと相手に出されると、冷たさを感じさせるようなテノール声は短く何かをつぶやいた。
その声にグローブが反応して短い電子音をならすと、失笑に似た溜息が聞こえた。
「なるほど…『PK』(プレイヤーキラー)か。なら話が早いな…」
「『壊錠』(ペイン)」
「!?」「!!」「はあ!?」
続けて放った聞き慣れないその単語に目の前の3人が反応した。
「てめぇ…俺らをスキャンした上に喧嘩売るなんてやるじゃねーか」
「そのすかしたてめーみたいな顔みてると、“リアル”でぼこぼこにしたいと思っていたむかつくやつの顔を思い出すんだよなぁ」
「いいぜぇ、てめえの安い挑発。のってやるよ」
にやりと1人の男が笑うと、中指を突き立てたようなポーズをとる。その指にはごつごつとした指輪がはめられていて、中央には真っ黒な石がはめ込まれていた。
「転送パスコード『第二次世界大戦』使用。使用人数は『4』。俺らは3、そっちはその女は盾にもできねーけど…てめえだけで大丈夫かぁ?」
くつくつとのどの奥から洩れる男の声は、暴力的な響きがする。その傷つけ慣れた声にのどの奥から悲鳴に近い声が漏れたが、私の目の前の影は何も反応しなかった。
「……」
―参加者4名ヲ 確認シマシタ-
機械的な女性の声が聞こえると、3人組の内何人かが足元から消えていく。
3人が消えていくのと同時に目の前の影も同じように足元から消えていくのが見えて慌てて声をかけようとしたが、うまく声が出てこなかった。
「…っ」
肩から下が消えてしまった頃ゆっくりと振り返った影から見えたその瞳は、凪いだ湖のように綺麗だった。
「まっ…」
お礼も言い終わらない内に目の前にあった4つの影は完全に消えてしまい、遠くで誰かが話している声と、客を呼び込む店員の声だけが聞こえてくる。
(あの人はなんだったんだろう)
見たこともない顔だった。ただとても綺麗な瞳をしていた。
(助けてくれたのに…お礼も言えなかった)
きっと私だけだったらどうにも出来なかった。時間が悪かったのか近くを通りかかるような人影も見当たらなかった。
きっとあの3人組は私なんかよりずっとこの世界を知っていて、ずっと人を傷つけることに慣れていたはずだ。あの人が助けてくれなかったら、匡の手がかかりになる指輪も3人組の手に渡ってしまっていただろう。
遅れてやってきた恐怖に両手が小刻みに震えているのがわかる。
(こんなとこで座っていても何にも始まらないのに)
とりあえずなんとか震えている膝に力を入れて立ち上がる。顔はきっと震えている体より情けないことになっていると思うが、そんなことを気にしている余裕なんてなかった。
両手で髪をぎゅっと掴みながら、何回か深呼吸し、ばくばくとしている心臓の音をごまかすように次にしなくてはいけない事を考える。
ここから逃げなきゃいけない
逃げるためには鍵を手に入れなければいけない
鍵を手に入れるためには
(駅員の人は最後に教えてくれた…ええっと…)
『ここから『迷いしものの森』へ行く電車が出ています。先程開けた箱に入っていたパスコードをダウンロードしてありますので、そのまま電車に乗ることが出来ます。着きました時点でクエスト開始となりますので、後はそちらで指示に従っていただければと思います』
本当はもっと色々と知りたいことも辞書を使って調べたいこともあったが、これ以上ここに長く留まっていて、もしさっきの3人組が返ってきてしまったらそれこそ次はどうしようもない。
気持ちばかり焦ってうまく前に進まない自分の両足を情けないと思いながらも、なんとか足を前に進める。
なるべく人がいる方向へ進みながらきょろきょろと視線を向けていると、「東口改札」の掲示板が見えてきた。
「secret GARDEN『清宿駅』東口改札はこちらです。まもなくクエストレベル1桁線の電車が到着いたします。ご利用される方は早めにゲートを通過してください」
駅員の男性がよく通る声でアナウンスしている近くには、2人組の女子高校生風の女性や、サラリーマン風の男性、作業着を着た男性等がちらほらと集まってきている。
集まってきている人の中の1人の中年の女性におそるおそる声をかけてみる。
「あ…あの…ここ…ここから…迷いの…」
「ああ、『迷いしものの森』ね。いけるわよ。ほら改札にパスをこうやって‥かざして」
-キノコ行進 ノパスコードヲ確認シマシタ-
「あなたもやってみなさい」
ほらほらと手招きをされて電車の改札のタッチ画面に、女性がしたように手を触れると
―迷イシモノノ森 ノパスコードヲ確認シマシタ-
改札を抜けて女性の後を追いかけながら改札内を見てみると、1桁線、10台線ホームと、現実世界と同じような構造で下のホームへ降りる階段とエスカレーターが設置されている。
1や10は特に変わった様子はないが、だんだんと奥に行くに従って番線の区切りが細かくなっているようで、表記も『台線』ではなく『直通』や『レベル100以上線はあちら』などとかかれていて、そこへ向かっていく人達の顔はどことなく緊張感と、慣れた雰囲気を感じる。




