Phase11
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「落ち着いたか?」
「はい……すみません」
真っ赤になった私の目を見ずにすっと差し出されたものは、さっき買ってきてくれたものなのか、水滴がついている。
それを受け取ると口に軽く含む。
水分を欲していた体に行き渡るような感覚、それにほっと息を吐くと、座っていた私の少し前に立っていた周さんが、困惑した空気を纏った(まとった)まま頭を下げた。
「すみません、あなたを泣かせる気はなかったのですけど」
「いえ……すみません突然」
「私の配慮不足でした。もう少し事態を考えて発言すればよかった」
「いえ…………」
確かに突然突き付けられた現実だったかもしれないけど、どこかでそれを予想している自分がいて、それを受け入れようとする自分がいたのも事実。
危険や嫌な予感には昔から敏感だったから、『あのとき』から今までの苦しいことも受け入れて生きてこれた。
泣いて情けないところを見せたけど、それでも立っていられるのは・・・悲しいけどそうやって生きてきた他にないのかもしれない。
「匡は……私の兄です」
「……やはり」
「ママは……ある日匡を迎えにいくとパパにメールしたっきり……いなくなりました。その後……私は……ママからメールをもらって……」
ぽつぽつと話す私の言葉にじっと2人は耳を傾けていた。言葉はひどく億劫だったけど、気持ちの出口を探しているかのようでもあった。
「それより前に匡から来ていた招待メールと結び付けて……ここに来た」
「……」
「そうでしたか」
「魔女は……ママ……だったかもしれません。私も……逢い……ました」
虹のふもとに逢いたい人は確かにいた。
けれど、私が最初から探していた“本当に逢いたかった人”には会えなかった。
(でも)
「それと……奇妙な人には会いました。ママに何かした……と思う……人」
「奇妙な人?」
その人を人と呼んでいいのかすら躊躇う程、瞬間的にしかはっきりと見ていないはずなのに、不思議とその姿恰好は覚えている。
「白い仮面をつけて、執事の人が着ているような黒い服みたいなのを着ていた……」
「!?」
瞬間の出来事だった。隣で座っていた正親さんが持っていたアイスコーヒーの缶が音を立てて壊れ、辺りにコーヒーの匂いが充満する。
「正親さん!?」
右手を見ようとするとそれよりも早く肩を掴まれる。
そのらしくない動作に戸惑うけど、いつもならそれを敏感に察知して離してくれるはずの左手は、しかしそのままの強さで私の肩を抑えつけた。
「そいつ、他に特徴は」
「い……」
「ゆずる!」
「2つ……不思議な……小さな剣を……」
「…………」
その時今までずっとぼんやりとしていた正親さんの表情と気持ちをちゃんと見れた気がする。
でもそれは喜びとは程遠い、もっとずっと暗くて冷たいもの。
(怒っている……?)
「もしかして……“ジョン=ドゥ”?」
周さんがぽつりと言った言葉に同調すると、その顔が驚きに見開かれる。
「お前……名前を呼んで確かめたのか?」
信じられないといった口調にゆるゆるとうなずくと、さらにその顔が複雑に歪む。
「仮面をつけていたし……うなずいてもくれなかったから……でも……笑っているようには……見えて……」
舌打ちが聞こえて思わず体を強張らせる。
その体の震えでやっと私の事をはっきり認識したのか、気まずそうな顔をして視線と肩に乗せていた手を外してくれた。
「……悪い」
「いえ……」
(どうしたんだろう……)
らしくないと言えばそうなのかもしれない。でもらしくないと言い切れるほど私は正親さんの事を知らない。
聞いてみたい気持ちはあるけど、どことなくそれを拒絶されている気がする。
気のせいかもしれないけど、そう感じてしまったからにはそれに触れることなど出来っこない。
誰しも触れてほしくないものはあるし、それを誰かに暴かれてしまうときの痛みを知っているから、相手が話してくれるように待つしかないのだ。
それは私も同じ。
「そ、そういえば」
触れてほしくないと、やんわりと拒絶するバラのつるのような気配を感じてそっと離れながら、別の話題を探す。
そう言えば、さっきから姿が見えない。
「斗真くん遅いですね」
「あ……ああ……そういやそうだな」
それぞれの個別クエストはクリアしているのはわかっていたけど、結局戻ってくるまでクエスト内では誰とも合流しなかった。
今こうして正親さんと周さんが戻ってきたのは私とそれ程時間をおかずにだったけど、個別クエストもそれほど時間をおかず3つクリアしたとアナウンスがあったはずなのに、それにしてはずいぶんタイムラグがあるような気がする。
心配になりメールを送ってみたが、宛先は間違っていないハズなのに何故か送れない。
「なんか……メールが送れないみたい」
「どういうことです?」
わずかに首をかしげながら私のパスを見る周さんも、事の状況がいまいちわからず困惑しているようだった。
「あれ?」
受信のところに新着のメールが届いた知らせがあり、斗真くんから送られてきたものかなと開いてみると、サイト側からのお知らせメールだった。
「緊急メンテナンス……?」
それは私達がたった今クリアしたクエストに不具合が生じたことを知らせるメール内容だった。
それがどうしてなのかすぐにわかり、やりきれない気持ちが湧き上がる。
3人とも個々にパスでそのメールを確認していたけど、訳のよくわからない私とは対照的に、その内の1人は顔色がどことなく悪い。
声をかけようとして、何か考え事をしている様子にしばらく様子を伺っていると、行き着いた仮定に納得がいかなかったのか、頭をがしがしと掻く。
「もしかしたらガキがやばいかもしれない」
「え……」
「後1時間以内に戻らなかったら『殺されるぞ』」
そう言いながら指したメールの一文、
そこには聞き慣れないバグダスター(不具合調節者)を書かれた見慣れない文字
「こいつはそのクエスト内にいる全てを皆殺しにする奴だ」
かちり、と砂時計がひっくり返される音が聞こえた気がした。




