SAVE11:Ominous clouds
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「戻って……これたの……?」
確か前のクエストでは途中で合流出来ると言われていたけど、今回は誰とも合流出来なかった。
でもこうやって扉と鍵が手に入ったということはクリア出来たのは間違いないんだろうけど・・・。
(リニューアルで変わったから…とかかな)
疑問はいくつか残るけど、どれもはっきりと疑問として形になってくれない。
一生懸命考えようとする前に、母親の姿がちらつく。
バス停に呆然と佇んでいると、後ろから大きめの影が私の後ろに立つ。
振り返ってそれが正親さんのものだとわかった瞬間
「……いひゃい」
「……」
何故か頬をつねられている。
「……本物か」
「?」
何を言っているのかわからず、眉をひそめながら相手の顔をじっと見ていたけど、頬をつねる手を緩めてくれる気配はない。
でもそのおかげで、今私がちゃんとクエストから還ってこれたことを実感する。
やっとつねられていた頬が開放されて、さすりながら様子を伺うけど、正親さんの表情はどこかいつもよりも疲れているように見える。
(やっぱりクエスト大変だったんだ)
色々聞いてみたい気もするけど、疲れているのがわかっているのにそれを強いるのは酷だなと口を噤んで(つぐんで)いると、私が戻ってきたバスからまた1人降りてくる影。
周さん」
降りてきた周さんもどこか疲れている表情に、それ以上かける言葉を失う。
クエストをしていたのは私だけじゃなかった。大変だったと、1人が辛くて心細いと弱音を吐いていただけの私とは違って、2人ともすごく大変な目に遭っていたんだ。
そのことに気が付いて思わず居心地が悪くなる。
大して大きな働きをしてない私が労りの言葉を投げかけるなんておかしな話だし、2人と一緒に苦労話に花を咲かせるようなことも出来ない。
けれど、何となく無言になるこの空気はさらに居心地悪く感じる。
何とかかける言葉を探していると、ずっと考え事をしているように黙っていた周さんが私をすっと見つめる。
「?」
「ゆずるさん」
「あの魔女と皆守 匡は何か関係があるんですか?」
「っ……」
逃げようとしていた話題を出されて咄嗟に言葉を詰まらると、視線が自然と泳ぐ。
「言いにくいなら私が考えている意見を言います。あの魔女と私はクエスト内で戦闘になりましたが、途中おかしな動きがあった。
完全に倒していないのになぜか消えてしまったし、途中……」
そう言って言葉を区切る。
「途中『タスク』と呼びました。無関係とは思いにくい。そしてあなたも」
「……」
黙ったままでいると、私の様子を見て言おうかやめようか考えていた人物が、少し言いにくそうに続ける。
「……プレイヤーが期限内に戻れず1週間経つと“世界と同化”するという話はご存知ですか?」
「え」
(世界と……同化?)
聞き慣れない言葉に理解出来ない言葉を重ねられて、それ以外の言葉が出てこない。
目だけで続きを促すようにしていると、言っていいものかと迷った口が意を決したようにゆっくりと開かれる。
「この世界の理でもある“鍵を見つけて帰還する”。これが出来ないプレイヤーはどうなるかご存知ですか?」
ふるふると緩慢にかぶりをふる。
「期限の3日間が過ぎると鍵が消失して文字通り“還れなくなる”。そして世界に閉じ込められたまま死んだり、1週間経過すると……」
「secret GARDEN(世界の)の一部(同化)になる」
頭が急速に空回りしているのがわかる。
頭の中のぜんまいは高速回転しているはずなのに、それが他のぜんまいと絡み合っていないせいか、音を立てているハズなのに空回り。思考を処理しようとしてくれない。
「そ……れ……」
辛うじて喉に引っかかっていた言葉を零すと、周さんから放たれた言葉は残酷なものだった。
「あのNPCは……元は人間だった。そしてその人間は皆守 匡と縁のある人間ではないかと。自我を保てる状態なのはどういう原理かわからないが、おそらく余程未練があったんだろう」
残酷であったけれど、それを頭では理解していなくても本能的に理解しようとしてた自分がいる感覚が、動こうとしない歯車の中には確かにある。
「私の推理は……合っていますか?それだけ答えて」
「おい」
正親さんが強めに言葉をかけているけど、どこか遠くの出来事に感じる。
頭を占めるのは、もうこの言葉しかない。
(ママ)
目を閉じて溜まっていた涙を流すと、重くなった頭を重力に任せてゆっくりと振り下ろす。
(ママ…)
「マ……マ」
「お前……まさか」
目の前に立つ正親さんが驚いた表情に変わっていたけど、それに対して何かのリアクションをとることは出来なかった。
ただ瞬きを何回か繰り返して、それでもこらえきれない涙がぽつりと頬を濡らす。口は言葉にならない息を吐くだけで、否定も肯定も出来ない。
現実はあまりにも残酷で、消えて欲しいと願っていたはずなのに、それが叶えられてしまうとこんなにもつらいと感じるなんてわがままだ。
あれは母親なんかじゃないと思っている自分と、あれは母親だと確信する自分。
受け入れられないと言いながら、諦めている。
悲しくて泣いているのか、うれしくて泣いているのか、ただの反射の一種なのか、それすらもわからなくて、ただわずかな『もしも』にすがっていた私の世界が、崩壊したのを理解するだけだった。
「……」
私をすっと見ていた瞳が悲しそうな色に変わると、頬を滑り落ちる涙を指がすくっていく。
そのぬくもりに反応してゆるゆると頭を上げると、そこには深い湖がざわめいているのが見える。
「すみません……残酷な事言いました」
「ただ……わかってもほしいんです。この世界は……あなたが思うほど優しくはない」
(わかっています)
世界は残酷で、それはここも現実も変わらない。
肯定するようにうなずき、下げきった頭を持ち上げる力がなくてそのままにしていると、温かいぬくもりが顔に押し付けられた。
それが正親さんの胸だとわかったときは、堰をきったように言葉が溢れる。
「ママ……」
一度それを口にすれば、気持ちは勢いを得た水のように口から溢れて零れ出す。
「ママが……っママ!!ずっと……ずっと探して……ずっとっ!」
「……もういいからしゃべんな……」
「ママがっ!匡……を……探すって。いなく……て……私……私……ぅ」
目の前のぬくもりにすがりついて滞留していた濁りがとめどなく吐き出されていく。
誰にも言えなくて、受け止めてくれる人がいなくて、ずっと諦めていた。
この気持ちにつぶされないように、見てみないふりをしていた。
「ママはっ!私なんて……見てくれ……なか……た。ずっと……ず……と」
「ゆずる」
「ほっ……と……したの……ママ……いな……くなっ……て」
やっと私を無駄に縛り付ける存在がいなくなったと。やっと匡の代わりをしなくていいのだと。やっと私を否定し続ける人がいなくなったと。
「でも……っ」
私を見て欲しかった。大好きだった。
だから優しく私を見てくれるその瞳が私を見てくれなくても、私だけの『ママ』でいてくれてうれしかった。
壊れてしまった世界だったけど、二人っきりの止まった世界は嫌いじゃなかった。
匡の代わりだったけど、ここにいていいと、言われていた気がした。
「ママ……っ」
ぬくもりは私を引き剥がそうとしなかった。
ゆるく撫でられる頭の感触がひどく優しくて、ささくれ立ってしまった私の気持ちをゆっくりと諌めてくれる。
それが久しぶりに味わう感触に似ている気がして、離れることが出来なかった。
母親はもう、いない。あの虹の彼方にいた探していた存在は、もういない。
最後を看取ったわけじゃないけれど感覚として確信がそこにあった。
私が母親に逢うことは、きっともうない。あれが最後で、置いていかなければいけなかったもの。
あのとき会った母親は、私が知る本物で、その本物は私の“本当の母親”になる前に、永遠に届かない場所へ行ってしまったのだと。
ぬくもりは私が落ち着くまで、ただ何も言わずにそこにあってくれた。




