SAVE3
Phase3
「おばあちゃん!」
大きな声で大好きな人の名前を呼ぶが、しかし相手はただほほ笑むだけでそこから動こうとも返事をしようともしない。
「おばあちゃん!私だよ!」
目の前の人物にずっとずっと逢いたいと思っていた。
自分でもおばあちゃんっこであったのは自覚している。
だから、突然やってきた永遠のお別れは、今でもずっと私の根っこに張り付いたままだった。
もう一度逢いたいと、ずっと願っていた。
「おばあちゃん!!」
でも大好きだった、あの優しい声は聞こえてこない。
ただ大好きだった優しい笑顔のまま、虹色の世界に佇んでいる。
「おばあちゃん…」
でも夢でもなんでもいい。そうやって私の大好きな笑顔で笑ってくれるなら。
ずっとずっと、ここにいたい。
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「ゆずる、パパ今週末から泊まり込みで撮影が入るんだけど」
たまには一緒に食べようとメモが残っていた理由は薄々わかっていたから、そう切り出されてもそれほど辛くはなかった。
(でもまるで…)
「…まるでお前の機嫌をとるためにこうやって顔を合わせているようだね」
自傷気味でつぶやく父親の声にはっとする。顔を上げて、そこで父親が寂しそうな申し訳なさそうな顔をしていたことに気が付く。
(私…)
忙しい時間をぬってわざわざこうやって顔を合わせてくれたのに、嫌な考えしか出来なかった自分が急に恥ずかしくなって、それを誤魔化すように大げさに首をふった。
その仕草に相手がほっとしたのがわかって、ますます情けなくなる。
(気持ちを切り替えなきゃ)
自分が今いるこの現状を受け止めて、それで少しでも恵まれていると思っていなくてはいけないのに。
少し前までは叶うこともなかったかすかな日常がここにあるのだ。それに対してもっともっととねだってはいけないのに。
「朝…早いの?」
後ろめたさから自然と口調が暗くなってしまう。
ちらりと上目遣いでのぞいた父親は、軽く思い出す仕草をして朝6時頃マネージャーが迎えに来ると言った。
「ごめんな、お前も1人で寂しいのに」
その後に『いつでも気分転換に外に出てもいいんだよ』と続けようとして、それを飲み込むように言葉にしなかった姿に、また口調が暗くなってしまいそうだった。
「ううん…」
それを誤魔化すように、髪の毛をそっと握りしめた。
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「うんっしょ…」
主がいなくなって途端に静かになってしまったキッチンに人が立っているのは、どれ位ぶりになるんだろう。
きっと数えるとそんなに昔なわけでもないのに、いつも聞こえてきていた声がなくなって、違和感を感じながらもそれに慣れてたふりをしている自分がいる。
慣れたふりをして、こうやって慣れないことをやって、それで少しでも今の現実を実感させようとしている。
今までは痛みに耐えて、こんな我慢をしているのは私だけだと思っていたけど、そうじゃないとわかったのに、仲間がいたことを素直に受け止めきれない自分が後ろめたい。
それを誤魔化すように父親のために何か出来ることを考えて、こうやって朝食の準備をするのも、何もかも初めて。
痛みに慣れて、出来なかったことを少しずつやってみて、そうやって人は痛みを忘れていくものなのかなと、胸に広がる鈍い痛みを見ないふりしながら、調味料の場所を探す。
主がいたときのキッチンはいつも歌声に溢れていたけれど、私にとっては息苦しい場所でもあった。
明るい場所であったはずなのに、足元が暗くて覚束なかった。
手料理であったはずの料理はどうしようもなく重たくて、母親の笑顔を見ているのも辛かった。
さらにその前、相反する複雑な場所になる前は、歌声は溢れていなかったしそこにいた主はテレビでしか会えなかったけど、私でも立つことを許された場所だった。
ご飯は家政婦さんが作ってくれたものばかりだったけど、一緒に食べてくれる人がいて、一緒にテレビを見て、宿題をして、当たり前の光景がそこにあった。
これが日常なんだと思いながら、両親がいなくても寂しくはなかった。
記憶を頼りに塩を探し出し、夜中にこっそり仕掛けていたご飯をお椀によそう。
数年ぶりに手に収めたご飯は思い出よりも熱くて、何度も落としそうになった上に、中に具を入れようと冷蔵庫の中身を確かめて、思い描いた具材がないことに軽く衝撃を受けながらも、何とか形を作っていく。
3つ作り終わった頃には台所はご飯粒と具材で汚れてしまったけど、後片付けは後でしよう。時間はそろそろ迫ってきている。
急いで作ったものにラップをかけると、リビングに置いてキッチンに隠れる。
の前に慌てて近くにあったメモ帳に走り書きすると、前もって机の上にセットしてあるコーヒーメーカーの近くにそっと置いて隠れ直した。
どきどきしながら、音をたてないように静かにしていると、パタパタと物音が上階から下階へ降りてくる音が聞こえてくる。
心臓の音も聞こえてしまうのではないかという位だったけど、何とか息を殺してその場に座り込んでいると、程なくしてその物音の正体がリビングを開ける。
それがリビングに置いてあった2つのものを目ざとく見つけ、息を呑むような音が聞こえる。
見てみたかったけれど、きっと今は酸欠でしびれてうまく動くことも出来ない。そう考えながら息を何とか殺して耳だけに神経を集中する。
コポコポと何かの液体が注がれる音がして、辺りに香ばしい香りが漂う。
少しすると、どこか苦笑を交えた吐息が聞こえた。
テレビの音が聞こえ始めて、それから何かごそごそと動く音。何をやっているのかはわからないけど、リビングに父親の気配だけは感じる。もしかしたら今の私と父親の距離を表すとしたらまさにこんな感じなのかもしれない。
それからそれ程立経たずに玄関先を誰かが開ける音が聞こえる。
ガチャリと音がして誰かが家に入る。開けっ放しになっていたリビングのドアの隙間から「お邪魔します」と男の人の声が入り込んできた。
「おはようございます、雅紀さん」
「おはよう」
その声の主が父親のマネージャーのものだったのは、昔から変わらない声を耳が覚えていたのでわかった。
マネージャーさんは父親に挨拶をすると、部屋にある何かを見つけたようで不思議そうな声を出している。
「それって…」
「うん」
その質問にはただ肯定するだけで終わってしまったようだけど、父親の声はどこか楽しそうに聞こえた気がした。
もしかしたらそれは私の願望も多分に交じっているものなのかも知れないけど。
「じゃあ行こうか」
2人の気配がリビングから玄関に移動し、そして玄関先から音が数回した後、ドアが閉められる音がする。
外側から見えないようにと頭だけ出してそれを確認すると、ゆっくりと息を吐く。
気配はすでに家にはなく、その証拠に外から車のエンジン音が聞こえたが、それでもなんとなくその先に現れるものが怖くて、完全にエンジン音が聞こえなくなるまで深呼吸を繰り返し、そろそろと両手を前に出す。
まるで猫のように音をたてないようにキッチンから広いリビングに顔を出すと、そこには使われて中身が減っているコーヒーサーバー、しかしそこに置いてあったはずのお皿が見当たらない。それにコーヒーが注がれた音がしたのに、どうしてなのかコーヒーカップは使われていないまま残されている。
「あれ…」
そう言えばテーブルの上には父親が置きっぱなしにしていたステンレスのコーヒーマグも見当たらない。
きっと綺麗好きだった父親のことだから飲みっぱなしで洗っていないということはないと思うけど。
(後で片付けようと思ったのに)
シンクに来た気配はなかった。
それにシンクまで来ていたらその近くに隠れていた私の姿を見ていただろうし、と思ってぽつんと残されているコーヒーカップの下に何かが挟まっていのに気が付く。
それは私がさっき書いたメモだったけど、その下には走り書きした別の人の文字が付け加えられている。
(これ…)
目の周りが急にちかちかした。
後ろめたい自分の気持ちを正当化したくてこんなことをしたのに。
(パパ…)
そう思っていたのに、どうしてこんなに胸が熱くなるんだろう。どうしてこんなに私だけうれしいんだろう。
じんわりと目の周りが熱くなり、どういう表情をしていいのかよくわからずに、こみあげてきそうなものを我慢するために下唇を強めに噛んだ。
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いってらっしゃい
夕弦
朝ご飯ありがとう。行ってくる
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