Phase9-2
足腰は多少ふらついてきているが、それでもその視線は揺れることなくまっすぐに私達を見据える。
その中で大鬼…酒呑童子がその酒の酔いを吹き飛ばすかのように咆哮すると、びりびりと気迫が鼓膜を震わせる。
「1匹残らず喰いつくしてやるっ!!!」
錫杖が空気を切り裂くようにして高く持ち上げられる。
それで、次に敵が攻撃を当てる相手として見定めたのが、私をかばうようにして立つ周さんだとわかったけど、役立たずなこの体は気迫に圧される以前に、影ごと抑え込まれてしまったかのように動かない。
「2匹同時に潰れるがいいっ!」
逃げ出すことを許さないかのように大きな錫杖が振り下ろされる。
周さんは私が動けないのを悟ると、その場で剣を真横に構え防御の姿勢を取った。
「逃げて…」
思わずそう口にするが、その声は届かなかったのか受け入れられなかったのか、目の前の人物は動こうとしない。
(このままじゃ周さんも巻き込まれちゃう)
何とかそれだけは避けたくて体を動かそうとするけど、わずかに左腕が動くだけだ。
風圧が先に来て、地面の細かい砂と髪の毛が舞い上がる。
- シンボル ヲ 使用 シマスカ?-
それは自分の内側から尋ねられたものじゃないのは感覚でわかったけど、それが誰のパスから発せられたものなのかわからない。
けれど、もしどうにかなるのならどうにかしてほしい。
祈るように目を固くつぶると、瞼を閉じていてもはっきりとわかるようにいくつもの閃光が走り、それと同時に空気を圧縮していた気配が打ち消される。
静寂に何かが落ちる音が聞こえてそっと薄目を開ければ、鬼が放ったその圧に圧された証として、目の前に真っ二つに折れた刀身が地面に突き刺さっていたが、その後にくるはずの体を粉砕するような暴力は一向にやってくる気配がない。
「ぐっ…」
キチキチと金属同士がこすれ合う音が頭上から響いてきて、唯一まともに動かせる頭を上げると、そこには刀身が短め、短刀よりは少し長めの、懐刀のような大きさのうっすらと光り輝いている青白い刃が、空中に密集し私達を覆うようにして錫杖を受け止めていた。
「こ…しゃくなぁ!」
同じように錫杖を振り上げて振り下ろす仕草を繰り返すが、それはすべて無数の刃によって弾かれ、その風圧すらも相殺する勢いで鎮座している。
(これは…)
そのスキルの出所が私自身ではないし、他のプレイヤーが私達を守ってくれるようなことも多分ない事から考えると、周さんの何らかのスキルの力なんだろうけど、あれをかするだけでも相当なダメージが予想される怒涛の攻撃が、ことごとく受け止められている。
そんな強力なスキルがあったなんて。
それは体を少し離れたところで守っている“刃の盾”のように見える。
「っ!」
なのにどうしてだろう。それは確かに刃を外側にして、私達を守ってくれているハズの力なのに、殺気はまるでその攻撃を受けている内側、私達に向けられているような張りつめた空気が痛い。
それがすぐに私に向けてじゃなく、それを扱っているだろう周さんに注がれていたのは気が付いたけど、守られているようで裏切りの機会を狙われているような不気味な感触に、自然につばが喉を通る。
外に向かってみえるはずの切っ先は、同時にまっすぐに周さんも射抜いていて、気を許した瞬間内側に向かって一斉に飛び込んできそうな、そんな想像を簡単にさせてくれるようだった。
それは周さんも想像しているのか、それとも肌でその危険を感じているんだろうか、顔色は鬼と対峙した時よりも明らかに青く、さきほどかいていた汗とは別物の汗をかいている。
呼吸は涼しい顔からは想像も出来ないほど小刻みに、荒く響く。
「大丈夫ですか!?」
思わず声をかけると、今度は言葉が届いたようで振り返えらないままわずかにうなずかれる。
頭上では相変わらず金属音が鳴り響いていて、今辛うじて盾に守られているここから抜け出すことは、すなわちまた新しい暴力と向き合わなければいけない事を暗に語っている。
かといってこのままだとおそらく消耗戦に近いようなことになるのも目に見えている。
そうなれば私だけじゃなくて周さんも共倒れになる可能性が高いことも、もうわかりきったこと。
考える時間はもうあまりない。
目の前の周さんは時間とともに呼吸が荒くなっていっているし、ここから打開できるだろう唯一の武器は使い物にならない状態で転がっている。
(これを解除しても周さんは星甲のスキルで多分大丈夫)
それでもこれを解除しないのは私のせいだ。
(私が動ければ…)
もどかしい気持ちとは反対に、体はひどく緩慢にしか動いてくれない。
痛みを耐えながらそれでも動かせる場所を探す。
左腕はなんとか動く。けれど両足はしびれてしまっていてまともに立ち上がることすら出来ない。
「む…」
そこで上から攻撃を繰り返していた酒呑童子が、自分の攻撃が不思議な小刀に弾かれた衝撃でぐらりと揺れ、錫杖がすっぽ抜けて後方へ飛ぶ。
その先にいた小鬼はその犠牲になってつぶされ、その小鬼と戦っていたプレイヤーは驚いた声をあげている。
(今しかない)
考えはまだまとまっていないけど、このままだといけないのは決まりきっている。
周さんの消耗も考えると、ここで新しい1手を打たないといずれは2人ともダメになってしまうだろう。
そう考えて無我夢中だった。
妙案か愚策かを考えている暇も、そんな頭もなかった。
きっと深く考えていたら、いつものマイナス思考が邪魔をしたかもしれない。
ただ何とかしたい一心だった。
傷つく人を見たくなかった。
「周さん、もうやめて!」
なんとか動く左腕を伸ばして制服の端を掴み、手ごたえを感じるとそれを入れられる限りの力で引っ張りながら出来る限りの声をあげる。
汗でしっとりとした体が引き寄せられるようにしてふらつき、後ろに倒れ込んでくるのを確認すると、そのまま左腕を伸ばしたまま叫ぶように唱えた。
「ス…キルコードっ!『毒風』……『神便鬼毒』に!」
カードがふわりと浮かび上がりそれが瞬時に燃え尽きると、紫色の風に乗って甘ったるい水が混ざり合う。
それは風に運ばれるようにして霧散すると、あたりに霧を立ち込めさせる。




