Phase9-1
- viewpoint change -
「危ないっ!!」
目の前の小柄な、といってもそれはここのエリアボスである酒呑童子に対して小柄なだけで、その他大勢いる小鬼よりも大きくて、だいだい2~3m程度位ある鬼からの一撃を不思議な力で弾き返した周さんの姿にほっとしていた矢先、見つめていた目の前の瞳が大きく見開かれた。
危ないと言われている前からちりちりと『何か』の危険を感じることはあったけど、大勢の敵か味方もわからない気配に身を置いていたからなのか、その危険回避能力が『何』に対して働いていたのかまでがわからなくなっていた。
そして、私が左を向いたとき、“その”危険の正体を知る。
「お前も美しいが…おしいな!」
大きな錫杖が振り上げられ、間をおいて音がぶうんと響き渡る。
目の前にその危険がだんだんと迫ってきているのは見えていたけど、視覚に対して体がかなり遅れて反応する。
足がようやく1歩動き出したときには、その危険は頭の上1mのところまで来ていた。
息をそこでようやく吐くことが出来た。
それと一緒に声にならない何かが零れる。
距離は残り50cm。
頭の中には何にも浮かんでこなかった。ちかちかと警告音がどこかで聞こえてきているけど、風圧で耳がおかしくなってしまったのか、どこか他人事のように聞こえる。
ずぅんっと地面が揺れた。
ふわりと浮かび上がる体に、痛みを何も感じなかったことから痛みを感じないまま殺されてしまったのだろうか、とまるでテレビを見ているような感想が浮かぶ。
めきめきと何かが折れて砕ける音。それにちょっとの血の匂いがした。
けれどそれは痛みを伴うものじゃなく、ただ聴覚と嗅覚を刺激するだけ。
それが何か確かめたくて瞬きがまだうまく出来ない自分の目を緩慢に動かすと、視界の端に、茶と黒の動物らしき毛並みが見える。
“それ”は私のすぐ左、錫杖のすぐ近くで私と同じように空中にふわりと浮かんでいたかと思うと、目の前でふっと消えた。
体が地面について、そこでやっと痛みがやってくる。
右腕の痛みは地面に激突した時のものだろうけど、不思議と左側、攻撃が当たったであろう側に痛みはない。
(今のは…?)
「ちっ。なんじゃい今のは。オオカミか?」
突然割り込んできた珍客に首をかしげる鬼とその言葉に、さっきのトリックのからくりを理解した。
(今の)
説明には持ち主の危険を感じると自動的に盾となってくれる。とあった。
継続時間は相手の強さにより変化する。とも。
クエストの1つでほんの短い間だった。
だけどまさか本当に私を助けてくれるなんて思ってもなかった。
それがスキルと言ってしまえばそれまでだけど、あのわずかな間に少しでも私に思いを寄せてくれた者がいた。そう思いたいし、それを無駄にしてはいけない。
感傷的にひたって感謝をいいたい気持ちはあったけど、それよりも体に染みついた警告音が私をそれに浸らせてはくれなかった。
前に感じた痛みを伴うほどのものではなかったけど、今はそれが目の前の敵に向けられてうるさく発せられているのはわかる。
「む?」
柱とも思えるような太い腕に銀色の閃光が走る。それに遅れて鮮血が散ると、その流星のような一撃は私の目の前で止まった。
「大丈夫!?」
こくこくとうなずくと目の前の顔が少しだけ安堵に緩む。
額にはわずかな間に想像以上のストレスがかかっていたのだろう、汗がうっすらと浮かび上がっている。
(周さんもこんなに頑張ってくれているんだ。私も…頑張らないと)
周さんだけじゃない、ここにいて同じように戦ってくれている人がいる。
私のために体を張って助けてくれた者がいた。
(動いて…動いて…)
震えて動かない腕を支えるようにして左腕を目の前にかざす。
「スキルコード『救国の英雄』使用」
(少しでも多くの人に…)
対象を特定しなければいけないのは教えてもらっている。知っている。
私の力じゃこのスキルを使ったって上昇効果なんてたかが知れているのは理解している。
だけど、劣勢気味のこの状況に、少しでも私の力が役に立つのなら、最終的に目的が一緒で敵になるかもしれない他のプレイヤーだって、力を貸してあげたい。
出来るのかもわからない、もしかしたら不発に終わるかもしれない。
でも、出来るならなんだって犠牲にしてもいい。
「ここにいるプレイヤーに!」
さっき見た時よりも大きな戦旗がはためく。目の前の周さんはさっきと同じように淡く光り、少なくとも彼にスキルが効いたことがわかった。
- 犠牲 ヲ 伴イマス -
(え…)
鉛のように感じる体の不調。異常な倦怠感。
さっきはまだ体が少しだるいと感じる程度だった。動くことだって出来たし、少しだったから特に気にもしなかった。
初めて聞く警告音が何を意味するのかを頭で理解するよりも、体にその警告が直接叩き込まれる。
「う…ぁ…」
思わずあげた声に反応しているかのように一層体に何かがのしかかる。
両手足は何かに縫いとめられたかのように痛くて重くて動かすことが出来ない。
少しでも動かそうとすると杭に刺さったものを無理やり引き抜くような痛みを感じる。
「皆守さん!?」
私が異常な程冷や汗をかきだしたからだろうか、周さんが私を呼ぶ声にいつもの冷静さが薄れているような気がする。
「だ、大丈夫です…」
「なんだこれ…」
「力が…」
けだるく周りを見回すと、周さんと同じように淡く光っている人達が見える。遠くにいる他のプレイヤーまでは確認することは出来なかったけど、とりあえず見て取れる範囲にいる人は思惑が当たったものだと安堵する。
「周さん、後は…」
「わかっている!」
さっきよりも重たい一撃が脇腹をかすめる。大鬼がわずかに苦悶の表情をしたことから、的確にその攻撃が通じたことが見てわかる。
それからどれ位硬質なつばぜり合いの音を聞いていたんだろう。
それは銃声だったり何か鈍い鈍器のようなものだったり色々だったけど、顔を上げて他の人が使っているスキルコードを確認することも出来ない。
地面だけを見つめていて、体に這い回る痛みを我慢してどれ位経ったんだろう。
相変わらずうるさくなる警告音のような防衛本能と、心臓の音だけが何よりも耳に届く。
御所にいる他のプレイヤーの数は変わりなかったけど、それが減ってしまうこともなく、かなりの劣勢がだんだんと互角の戦いになってきているのを肌だけで感じる。
特に周さんを始め、体が淡く光っている人達の活躍は他を圧倒していて、その勢いに押されるようにとうとう棒を振り回していた大鬼より小柄な2体の鬼の内、1体が地面に沈んだ。
「よし!」
近くで威勢のいい声がそれと同時に響いた。
それが誰だったかわからなかったけど、少なくとも今だけは、他のプレイヤーも共通の敵に対峙してくれることにほっとする。
「小癪な羽虫どもめが…」
士気を増す私達を見て大げさに笑っていた鬼達の表情が変わっていく。




