動く水
毎朝グレンさんに巻き付かれたまま目を覚ます。
何故かといえば、私のベッドとグレンさんのベッドが同じだからだ。
つまりあの夜、用意されたマイルームに舞い上がり、よく似たベッドだなぁ、というのは、それまでお邪魔していたグレンさんのベッドそのものに、天蓋の反対側から侵入していただけだったということだ。
私の間違いではない、新しい私の部屋には他に寝室はなかった。
その翌朝、混乱の中、ありったけの勇気を振り絞って現状を問うと、「あぶない」からなんだそうだ。
独りで眠ることが、男性と同衾することより危険なんだったら、まぁ、よっぽど「あぶない」んだろう。
なにしろ、彼は私を助けた前科がある。
もし、彼に保護されてなければ、場合によっては最悪だったろう。
命があったかどうかも怪しい気がする。
だけど、巻き付いている理由は何なんだ?
巻き付きも含めて、「あぶない」の回避なのか?
いや、でも、それに、確かに密着度は高いけど、キ、キスマークとか、寝間着が捲れてたりとか、なんていうか、性的?な接触はない(たぶん)なので、やっぱり何か理由があって巻き付いてるんだろうか?
寝間着と云えば、彼が紳士的なのは拾ってくれた後、全裸で目が覚めてびっくりしないように、自分の肌着を着せておいてくれたあたりでも証明されている。
自分でフォローするってどうよ、、
着せてくれる課程で色々ばっちりNGでもあるが、確かに見知らぬところで全裸で目覚めたら、そりゃ、もう、心の傷は深かったと思う。
だけど、寝間着だと信じていたワンピースがグレンさんの肌着だと、微笑みのイザベルさんに聞かされた時は羞恥で卒倒しそうになったのも事実だ。
イザベルさん、色々懐が深いなぁ。
あぶない、といえば、お城のオフィシャル部、この建物を中心に森と反対側にある噴水広場から向こう、グレンさんの職場らしいそっちへは行ってはいけないらしい。
そっちから見える方向に窓はなく、入り口が一個あるだけだけど、その入り口に近寄るのも禁止されている。
カールさん達はそこから来るんだけども、色々検査やなんかを受けて、ようやくこの建物、つまりグレンさんのプライベートな建物、へ着くんだそうだ。
だからきっとお城の方には沢山人がいて何やら仕事をしているに違いない。
そうして目覚めると、グレンさんに色々あったことを話したり、質問したりする。
グレンさんは頭を撫でたりしながら、とつとつ、話してくれる。
鐘がなって朝の始まりがつげられると、左右の部屋に別れて着替えや支度をし、食堂で再開するのが朝の流れとなっている。
朝食後、毎日グレンさんは飽きもせず狩りにでていく。
私はといえば、イザベルさんとピピンさんにお勉強の時間をとってもらって、それなりに楽しくやっている。
視るモノすべて新しい状態の私は、衣食住足りて好奇心の塊に近い。
幸いこの姿なので、屋敷の皆様には迷子の子供として可愛がって頂いているし、なんでも丁寧に教えてくれる。
そう、その後グレンさんからの提案で、私は帝都に人さらいに連れてこられて、一行が森を抜けようとした時に獣に襲われ、時間稼ぎの餌にと捨てられたところを、狩をしていたグレンさんに保護された迷子の子供となっている。
もう人生の辛口部分を堪能した子供設定だなぁオイ、とそれを語るグレンさんを見て思ったが、あまりにさらりと云ってのけたので、そう珍しい話では無いのかも知れない、物騒な。
森は危険なんだね。
だから微妙に先日の「大切なお嬢様」っていうのは設定とかみ合わないんだけど、カールさんへの威嚇か私への社交辞令みたいなもんだろう。
設定そのままだと人に紹介するには痛すぎるもんね。
昼まではピピンさんに歴史や地理と社会の成り立ち(ついでに読み書きの勉強にもなっている)についての授業を受ける。
ピピンさんにいわせると、どうやら私は初等教育は受けているようで、全く字が読めないというわけではない。
午後にイザベルさんと行儀やダンス(←これが一番要らない)、刺繍とか楽器について教わっている。
この時にはイザベルさんの他、手の空いた人たちが色々やってきて、お茶を飲みながらわいわいなので、結構世の中の勉強にもなる。
特にマルガリータさんの歌声は素晴らしいと思う。
私も楽器はまだまだ拙いので、歌の方が楽しい。
珍しい声だと喜んでもらえたり、もっと唄ってくれと云われたりすると、本当に嬉しくなる。
午後のお茶がすむ頃になると、この勉強会はお開きになる。
そこから夕食までは、調理場かお庭で過ごしている。
私の目標(自立!自活!)を知ってか知らないでか、「お手伝いしたいんです!」という希望は通り、ちゃんと戦闘服(専用メイド服)も用意してくれた。
なんていうか、色も白と黒で、過剰なリボンとフリルとレースが残念だが、いつか立派にイザベルさんのようなシンプルなエプロンドレスを粋に着こなしたいものだ。ふぅ(遠い目)
今日は、午後の授業はお休みで、イザベルさん達の制服の夏バージョンについての打ち合わせをするらしく、カーラさん達がやってきた。
イザベルさんが代表して打ち合わせするみたいで、既にみんなの意見は聞き取り済みだそうだ。
カールさんは自分がデザインしたという私の戦闘服がいたくお気に召し、夏用に更なる改良を検討していると云って、あちこちひっぱったり動きやすさをひとしきり確認し、書き付けを済ませた。
仕事はとっても有能な感じだけに、見た目も整っているだけに、変態なのが残念な男だ。
そんなことを思っていると、また側に寄ってきていたカールさんが、目の前にぱっと何かを出してきた。
「じゃじゃーん!
ほら、ユーリちゃん。あなた、ご本が読みたいって云ってたでしょう?」
そう言って、カールさんは、巷で大人気だという小説を差し出してくれた。
有難く受けとった手を本ごと撫でさすられた!
「うっん、おてても柔らかくて、すっべすべ!ちっちゃくて、もうっ、、た」
カールさんの関節にイザベルさんの指が入った。
たぶん、食べちゃいたいって、言おうとしたんだね、、
もぅマンネリだよ?
「用が済んだら離れなさいよ」
イザベルさんはカールさんにとっても厳しいのだ。
「うふふ。ジェラシー?ジェラシーなのね?」
だけど、カールさんは嬉しそうだ。
「ほんと、あんた、まじうざいから!
腐ってるから、その頭!」
そしてイザベルさん、ちょっと頬、赤いです?
頂いた本を抱いて、二人の間で、カールさんとイザベルさんを忙しく見上げている私にカーラさんがそっと手をさしのべる。
カーラさんはカールさんと違って、とってもお淑やかで、なんだかふわぁってした人だ。
外見はそっくりなのに、こんなに雰囲気が違うのも不思議。
私はカーラさんの横に座って勧められるままお茶を飲み、カーラさんは横の騒動がまるで気にならないようで、お絵かき(失礼、お仕事ですね)を続行している。
私は見るとはなしに、カーラさんの手元を目が追っていた、ふとその手が止まる。
アレ?と見上げるとゆったり微笑んだカーラさんの手はそっと私の手を包み込んだ。
そのまま白くて細長い、少し冷たい手が私の手をさする。
私はなんとなくその様子をみて、またカーラさんの顔を見上げたが、彼女は何も云わないし、なんとなく俯き加減に再度カーラさんの手の中の自分の手をみる。
するすると、すこし固いところのある指が私の指の一本一本を撫でていく。
ちょっとくすぐったくて、背中がくにゃってなっちゃう私を微笑みながら見つめ、何度も飽きずにゆっくり指を撫でる。
ほぁー、なんか、気持ちいい。
イザベル&カールの喧噪を聴きながら、カーラさんのハンドテクでお昼寝に入ってしまったのでした。
OOOOOO
そして、たっぷりお昼寝をした私は夜の読書の時間を迎えています。
カールさん曰く、巷で大人気!のこの小説は、ズバリ王道の恋愛物です。
カールさんはオカマさんじゃなかったのかしらん?
それともこんな風に白馬の騎士が迎えにきてくれるのを夢見ちゃう半乙女なのかしらん?
寝間着でソファにコロリと寝っ転がり、腕や首がだるくなるたびに体制を変えながら読んでいる。
もうだいぶん眠いし(この身体はすぐにお腹がすくし、眠くなる)、肩も首もだるい。
でも、今猛烈にいいところ。
主人公達が、とうとう想いが通じあい、ラブいエロエロに突入しちゃったのだ!
なんていうか、表現が過激だ、ぎんぎんです。
わからない単語が多いけど、これとこれがこうなっちゃう雰囲気はずんずん伝わってくる。
辞書があれば、この具体的なところもなんとかなるんだけど、、さすがにこのような雰囲気のところ、「この単語なあにっ?」て聞けない、、。
「ユーリ。もう寝なさい。」
びくぅっっ。
いつの間にか部屋に入ってきていたグレンさんの声が上からして、さっと本を取り上げ、私を抱き上げる。
一連の動きに、よどみがなさ過ぎるよ、グレンさん。
もういつでもパパになれるね。
私はエロ本読んでた少年が親に見つかったごとく(いや、まさにそのものです)どっきどきだ。
グレンさんは滑らかな動きで私をベッドにおさめ、私がさっきまで開いていたページをひらいて差し出してくれた。
一応私の意志を尊重してくれてりするのは、ほんと、やさしいんだよね。
何故かページはぼうっと明るく、しっかり読める。
「へっ!?」
光源を捜して振り返るが、真っ暗。
ぱちくりしていると、グレンさんが本を覗き込んできた。
「どうした?」
はっ!
いや、ダメだ!こここれは、だめだめ見ちゃだめーっ!!
私はがばっと両手で本を押さえて隠し、見上げてえへへと微笑んでみる。
小首を傾げたグレンさんが黙って見つめ返してくる。
可愛い仕草の筈なのに、その怖さったらない。
でもでも、これは譲れません!
汗を感じながら、真っ赤になって涙目で見つめ返すことしばし。
「、、、読まないのか?」
「えっと、あと、、はい、もう、、、寝ます、、」
折角本を読めるようにナニかをしてもらったのに、お礼どころか、無礼だよね、うう。
「何故?」
「え、だ、あっっと、結構難しい言葉がいっぱいで、丁度疲れてきたし、、で、、」
グレンさんが浅く頷くのをみて、心底ほっとした。
こんなダレダレの嘘でごめんなさい。
これはパパ(グレン)と二人でみるには過激すぎる、ベッドサイドブックは何か別のを用意しとかないと!
そっと本を閉じて、サイドテーブルへ置こうとすると、グレンさんが手を伸ばして本を受け取ってくれる。
こういうレディファーストなところ、さりげなさすぎて、慣れたら快適でしょうがない。
「ありがとうございます。おやすみなさい」
懐に潜り込んだ私の頭をするりと撫でて、私の瞼が閉じられてしばし。
耳元にグレンさんの素敵ボイスがふってくる。
「おとがいに伸びたかたく大きな手が、俯くことを許さず、唇を吸われるまま力が抜けていく。飲み込めきれない唾液がその華奢な顎へと垂れる。」
!!!!
びくんっっ
とっさに手を伸ばし、グレンさんの口をふさぐが、ぺろりと手の平を濡らす感触に手を離してしまう。
「すくいあげる様に乳房を強くもみしだかれ、びくりと身体を震わせる。
ようやく離れた唇が、、」
「うっきゃーっっっ!
やだやだやだーっっっ」
ようやく我にかえり、本を奪い変えずべく手を伸ばすと、グレンさんはさっと仰向けになりながら、本を持った手を頭の上にやってしまう。
じたばたグレンさんに這い上がっていた私は、その拍子にそのまま倒れ込んだ。
「どひゃっ」
ムニッ
「!!!」
いいいい、いまっっ、くちとくちがくっついた?
咄嗟につむった目を開けることができない。
でもグレンさんも何も云わないので、そーっと目を開けると、真正面に怒ったようなグレンさんの目。
「、、、、ユーリ、、」
掠れた声で、私をよぶと、頭を抱き寄せられて、
口と口がまたっ
ドン、バッシャーーーンッッ
だが直後に起こったあり得ない水音に、グレンさんには別の緊張が走る。
まだパニックの中硬直気味の私を素早く降ろして、「ここから動くな」と言い置きグレンさんが外へ出て行く。
館のあちこちから声がする、なんだか大変なことが起こったみたいだ。
私にも大変なことが起こったんだけど、外の雰囲気はそれどころじゃないみたい。
しばらくどきどきと外の気配に耳をこらしていたが
結局お布団にくるまれて、じっとしてたら、その
そのまま寝てしまいました。