3.帰り道
都の人たちは竜の山から、少年が無事戻ったのを見て驚きました。
竜を追い払ったという彼の話を聞いてまた驚き、そして疑いました。
けれど竜が飛び去って行くのを見た人が多くいたのと、兵隊が山を登って本当にもう竜はいないのを確かめたので、少年は一躍英雄になりました。
王様は少年と都の人々を王宮に招いて宴を開き、そしてその席で言いました。
「勇敢な若者よ、素晴らしい若者よ、私に仕えてはくれないか。そしてゆくゆくは娘と結婚をして、この国の王になってはくれまいか」
王様の言葉に人々はわっと快哉を叫びました。お姫様はただ静かに微笑みました。
「わかりました」
とうとう断りきれなくなって、少年は頷きます。
「僕の出来る限りをやってみましょう」
それから少年は身をすり減らして働きました。立派な身分に見合った、立派な働きをしようと思ったのです。
彼は何でも解決してしまう英雄であったので、誰からも頼られました。誰からも頼りにされ続けられました。誰もが少年に寄りかかりながら、けれど誰一人、彼を支えようとはしませんでした。
皆の為にと言い聞かせ、求められるまま歩いて歩いて歩き続けて、とうとう少年は疲れ果ててしまいます。
そうしてある夜、彼は自分に訊きました。
──世界を見て都へ上って立派になって。それで僕は、どうしたかったんだっけ?
いつかの竜の言葉を頭を過ぎりました。
故郷の森が、魔女の顔が、懐かしく、とても懐かしく浮かびました。
一番に喜ばせたかったのが誰なのか、少年は思い出しました。
「僕はここを出ていきます」
明くる朝、少年は都の人々と王様とお姫様に言いました。
どうして、と皆は泣きました。行かないでください、と縋りもしました。
けれど少年の心はもう固く、とても翻す事はできませんでした。
「あなたは英雄なのに。皆の人気者なのに。何が不満でここを去ろうというのですか。ここを離れてどこに行こうというのですか」
「僕の故郷へ。僕が僕でいられるところへ」
人々の問いに、少年はしっかりとした声で答えます。
それから囁くように付け加えました。
「そこにはきっと、まだ僕を待っていてくれる人がいると思うんです」
ただお姫様だけが、少年の背を優しく押して頷きました。
そういうふうにして彼は、森へと歩き出したのでした。
*
魔女は少年が径をやってくるのを見つけると、おかえりなさいと微笑みました。
彼女はちょうど昼食の支度をしているところで、どうしてかそれはちゃんと、二人分の量があるのでした。まるで離れていた時間など、少しもないかのようでした。
少年は招かれるまま食卓について、これまでの旅路を語ります。
そうして最後に訊きました。
「ねえ、僕は一体何なんだろう」
彼女は少しだけ考えてから答えました。
「あなたは忘れようなく人形で、
だけどそれ以上に人間で、
愛されてやまない偶像で、
頼られてばかりの英雄よ。
そしてそのどれにもまるで関りなく、大好きな私の友達よ」
それを聞くと少年はにっこり笑って、ただいまを言いました。
それから二人がどうしたかって?
勿論、前よりもずっと仲良く楽しく過ごしたに決まっています。
いいえ、いいえ。
ひょっとしたら今もまだ、幸せに暮らしているかもしれません。
話中の切り絵は全て、桜月りまさんの手になるものです。美しいイメージを描いてくださった事に衷心よりの感謝を。
よって当然ながら、桜月さんご自身の許諾を得ない転載等の行為はご遠慮下さい。
桜月さんは『これ見て「よしやろう」とは思わないかもしれないけど、可愛い女の子を借りてきりました』という切り絵の企画を展開されていらっしゃいます。
切り絵にする可愛い子、ペットを募集されているので、興味を持たれた方は以下へお運びいただければ、色々いい事があるかもしれません。
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