1.旅立ち
魔女と聞いて、どんな人物を思い浮かべるでしょうか。
鉤のように腰が曲ったお婆さん? 意地悪なしゃがれ声のお婆さん? それとも尖った鷲鼻のお婆さん?
いいえ、いいえ。
その森深くに住む魔女は、とても若くて美しい娘さんでした。彼女のお母さんがそうだったように。彼女のお婆さんがそうだったように。
すらりと伸びた手足は糸杉のよう。ふわりと揺れる髪は絹糸のよう。そっと歌う声は蜂蜜のようでした。
けれど近隣の村人たちは、決まってこう言うのです。
「どんなに綺麗だって、魔女は魔女さ」
そうして誰も、彼女の森には近づきませんでした。彼女には近づきませんでした。
彼女のお母さんがそうであったように。彼女のお婆さんがそうであったように。誰も、魔女とは親しみませんでした。
彼女はひどく寂しかったので、人形を作る事にしました。
カエルをヘビをウサギをクマをキツネをネコを。
呪いを乗せて歌いながら、ひと針ずつ、心を込めて縫い上げました。
そうして生まれた動物たちは、望まれた通り魔女に寄り添いました。けれど彼らは言葉を持たなかったので、彼女はやっぱり寂しいままでした。
ある時、とうとう魔女は決心をして、特別な人形を作り始めました。
千年も万年も昔からある、森で一番古くて大きな木から、一番太くて力のある枝を貰いました。
朝一番の陽の光を移した泉の水と、夜最初の星の光が落ちる川の水を用意して、それらを含ませた布で枝を磨き続けました。
長い長い時間のかかる、とてもとても大変な仕業でしたけれど、その間はひとりぼっちを忘れられたので、魔女は少しだけ幸せでした。
日が昇るたび月が巡るたび枝は少しずつ形を変えて、やがて立派に少年の姿となりました。
「はじめまして」
空高くに輝く太陽がその体に最後の一息を吹き込むと、人形はぱっちりと目を開けて、魔女を見るなり言いました。それから怖じずに訊きました。
「君は誰ですか?」
彼女は少し考えてから答えます。
「私は魔女で、あなたの友達よ。あなたも私を友達にしてくれたら嬉しいわ」
人形はにっこり笑って頷いて、それからふたりは楽しく過ごしました。
けれどある日、人形は言いました。
「ねえ友達。僕はここしか知りません。僕はこの森の事しか知りません。
だけど君の本を読むと、君の話を聞くと、世の中というのはもっとずっと広いようです。僕は旅に出たいと思います。都へ上ってみたいと思うんです。
駄目でしょうか?」
少年の人形の瞳には、若く素敵な好奇心が燃えていました。魔女はそれを見てしまって、何も言えなくなりました。
長い間考えて、そうしてため息をつきました。
「私のわがままであなたを縛り付けるわけにはいきません。
あなたはあなたの幸せを探しにいきなさい。そうして幸せになれたなら、もうここへは帰ってこなくてもいいのよ」
人形の旅立ちに、魔女は木靴と革袋を贈りました。
握り拳みっつ分の大きさの革袋には、よっつの物が不思議に収まっていました。
ひとつは切れないもののない刀。
ひとつは投げれば必ず当たる槍。
ひとつはふわふわの白いパン。
ひとつはよく冷えたミルク。
いってきますと手を振って、少年の人形は元気よく歩きだしました。
その背が点になるまで見送って、魔女はひとりで泣きました。ぽろぽろぽろぽろ泣きました。