忍者は医療の心得もあります
更新遅くなりました!まだちょっとシリアスモードにお付き合い下さい。
俺が武石をベッドの上に運ぶと、橘川はすぐさま診断の準備を整え、両手に医療用ゴム手袋をはめるとそのまま武石を診る。
俺と吉永は邪魔にならない場所まで来ると、委員長と副委員長を待つ。
静寂の中、診断の為に使っている医療器具のかちゃかちゃと言う音だけが室内を支配していた。
俺から見てもこの橘川、かなりの腕を持った医者だと言う事が分かる。それこそ単身医療の最先端たるアメリカやドイツ等に行き、技術を磨いて日本に戻って来ていたら、経験さえつめば奇跡の腕を持つ何とかと言われる程だろう。
だが、橘川はこの学園に留まり、この学園の最高の医療設備が整っているとは言え、しがない保健室の保健医をしている。
(あの情報は本当って事か…)
以前、橘川の情報を手にした事もあって、何故優秀な医者でもある橘川がこの学園の医者をやっているか知っている。だがそれを口にする必要も無いので俺は吉永と共にその診断の様子を眺めて、保健室を訪れたら書く書類に必要事項を記入して行く。
そうしている間に遠くの方から駆け足とは行かないまでも急いで此処に向かう二人分の足音が俺の耳に入る。それぞれの足音の特徴から委員長と副委員長だ。
普通の人の聴覚には入らないだろうが、こんな時訓練された俺の耳はその力を発揮する。そもそも一人一人歩き方に特徴があり、聞き分けるのは容易い。
だから俺は此処に来る前からその人物達が委員長達だと分かった訳だが。
そして数分も待た無い内に保健室のドアが静かにノックされる。
それでも十分に橘川の耳に届き、俺達の方に顔を向ける。
「風紀委員長と副委員長です。通しても?」
「お前達、風紀か。良いだろう、通せ」
その答えに頷き、俺は足音を立てずにそのまま扉の方に向かうとそっと戸を開ける。
勿論、その外には委員長と副委員長の姿だ。
中から返事が返る事が無く、いきなり戸が開いた為か、少々驚いた表情をしていたが俺の姿を認めてか、すぐに納得した表情になり、何時もの表情とはいかないが、少々強張った表情になる。
二人がサッと中に入ると俺はすぐさま戸の横にあった、幾つかあった立て札の中から”治療中に付き、ノックをしてから用件を告げる様に”との札を戸に掛けるとそっと閉める。
勿論鍵を掛けるのを忘れない。
その間も中では静かに橘川による武石の治療音が広がっていた。
「…誰の目にも触れずに此処まで来たな?」
委員長の近くまで行くと、治療の邪魔にならない程小さな声で話し掛けられる。
それに俺は頷く。
「勿論です。今の学園の状況を見たら倒れた武石の状態は暴動を引き起こしかねない。誰の目から見ても明らかに今回の被害の末に倒れたのだと分かりますから。見付からない様に此処に運び込みました」
その俺の説明に委員長は頷いた。
「…助かった。俺達では運んだ瞬間に見付かり大騒ぎになっていただろう。此処まで秘密裏に動けるのは流山がいたお陰か有難う」
「暴動が起こって忙しくなるのは俺達ですし。俺も簡単に診断しましたが、極度の疲労と栄養失調。そして僅かに脱水症状が見られます。多分、疲れが溜まった上に禄に食事を取らないまま動いていたお陰で貧血を起こし、倒れたのだと思います」
「…他の役員の無能が此処まで及んでいるとは……」
「俺は正規の医者じゃないので詳しい事は橘川先生が教えて下さるでしょう。何より俺より背が高く体格の良い筈の武石が此処までになっているのですから少しばかり危険な状態かと。俺が抱き上げた時、あいつの体重筋肉が削げ落ち、俺位まで軽かったですから」
その俺の言葉に委員長と副委員長の表情が更に険しくなった。
まあ、俺の外見からして他から見たらただのひょろいもやし程度の認識だろう。
だが委員長達は俺が流山家の忍だと知っている。阿呆な生徒会どもと違い、その存在意義も分かっているから見掛けだけでは判断していない。
そんな忍び故の訓練と職業柄故の体格と体重だと分かっているからこそ俺の言葉は重みを増すのだ。
「そこの生徒の言う通りだ」
こっそりとした会話を聞いていたらしい橘川がそこに口を挟んで来た。
橘川は既に手袋を外し、ため息を吐きながらカルテを手に俺達の側にやって来る。武石は点滴を施され、静かにベッドに横たわっていた。




