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幕間2 被害者吉永の被害報告書

 SIDE:吉永


 今日も今日とて俺は不幸の元たる、皆川に引き摺られていた。


 ここ数日はやはり疫病神のご利益のお陰か、散々だった。


 まず、皆川は担任と橋を初めとした美形人気者を皮切りに次々と美形で人気者を落として行った。その光景は見事な程。


 次に一匹狼の小松原。皆川は早々に橋付きの親衛隊に呼び出しをくらい、その時呼び出された裏庭に偶然小松原がいたらしい。んで、その時に物怖じせずに近付き、話し掛けられた事で小松原は皆川に惚れたらしい。


 この情報は全て、皆川本人から聞いてもいないのに聞かされた。惚れたとかは言ってないが仲良くなったって無邪気に言う、その姿とそして嫉妬を含んだ視線で俺を睨んで来る事からその事は容易に想像が付いた。


 食堂では大物中の大物たる生徒会役員まで落とした。


 何とか断ろうとあの手この手で拒否したのに、やっぱり食堂に一緒に連れて来られて、橋と小松原の嫉妬の視線を受けていた時、食堂が黄土色の声に包まれた。


 それは奴等一行が来た証。


 あれは悲鳴なんて可愛らしいものじゃない。絶叫だ。しかも男の声で。


 そしてその一行はあろう事か皆川目掛けてどんどん近付いて来たのである。


 様子を見るに最初に落とされたのはどうも副会長。あ、微笑みの貴公子って呼ばれている方の伊集院先輩ね。…微笑みって言われているけど俺にはその微笑がどす黒い笑みにしか見えない。…小心者で平凡な俺にはとてもじゃないけどそれを言う勇気は微塵もないけど。


 その副会長は皆川を案内したその時に落とされたらしい。


 何てたって皆川は恐れ多くもその伊集院先輩を名前呼びしてるんだからな。


 周囲はそれだけで更に殺気だっていた。


 で、誰にでも平等な笑みを浮かべる貴公子様が興味を持つなんて珍しいって事で、他の役員まで大挙して押し寄せて来たのである。


 うう。目立ってる。凄い目立ってる。


 他の生徒達の嫉妬と憎悪を含んだ視線が体中に突き刺さった様な気がしたが、皆川は気が付かない。その鋼鉄製で出来た神経が羨ましいとこの時程思った事は無い。


 嬉しそうに副会長と喋っていた。


 そこに他の役員も話しかけ、皆それで落ちていった。


 もっとも生徒会の中でただ一人、この集団に付いて来なかった書記の武石もいるが。彼は皆川には落ちなかったらしい。まあ、みんながみんな揃って落ちていたらこの学校のトップやばくね? って思うけど。


 会長である等々力先輩なんかはあろう事か大勢の目の前で皆川にキスをぶちかまして下さった。そこに皆川は拳で鉄拳制裁。しかし、それは更に気に入られる結果となってしまったが。


 その時、先に皆川狂信者となっていた奴等の殺気を忘れる事はないだろう。


 だが、それ以上に穏やかでなかったのは周囲に居た他の生徒達だ。


 もう、お前殺してやるって言う殺気が至る所から溢れ返っていたんだから。


 そして自然とその標的は俺にまで移っていた。



 翌日、俺は皆川と揃って制裁と言う名の苛めに遭遇。


 早くも下駄箱はゴミの嵐だし、教室の机もゴミだらけの上に陳腐な台詞付き。


 それを見た皆川は


「誰だよ!! こんな事した奴!!! 何か言いたい事があんなら直接言いに来いよ!! こんな卑怯な真似する奴、許せねー!!」


 って叫んでいた。


 こうなったのも全部お前のせいだよ…とも言えない。何故なら橋と小松原が物凄い勢いで睨んでいるから。


 ああ、何て小心者な俺。


 それのお陰で巻き込まれているんだけど。


 因みに俺の被害は皆川よりマシだ。何故なら教科書やノート上履きは持ち帰っていたから。


 皆川はしっかり被害に遭っていて、橋や小松原に借りて嬉しそうに述べていた。それが一層、周囲を煽っているんだけど何でそれに気が付かないんだろうな…。


 遠い目になったのは仕方が無い事だ。


 で、被害はそれに終わらない。


 俺には親衛隊の他に皆川狂信者からの虐めにもあっていた。


 それは俺が皆川に友達として好かれている平凡だから。たったそれだけの理由で彼らは睨んで来る。仕舞いにはワザと皆川に見えない所で殴って来たり、俺を居ない者として扱う。既に俺は心身ともにボロボロだ。だからと言って学園を辞める訳にもいかない。


 この理不尽な嫌がらせにも俺は心を無にし受け流し、流されるまま過ごす。数日でその技を身に着けた。


 唯一、平穏なのは寮だ。


 幸いな事に俺は特別奨学生と言う事で一人部屋を貰えている。皆川には断固拒否として部屋は教えていない。だから部屋にまであのしつこい連中の被害を受けなくてすむ。


 転校してきた皆川は満点合格を叩き出したと言うから一人部屋だと思っていたけど、部屋が空いてなかったらしく、二人部屋を一人で使っていた生徒と一緒になったらしい。


 可哀想だなその生徒も。


 だけど、最近皆川の口からはその生徒の事ばかり出ていた。なんでも


「同室の奴、まだ見た事ねーんだよなぁ。いーっつも居なくてさ。帰って来ているみたいなんだけど、タイミングが合わないのか全然挨拶も出来ないんだよなぁ…」


 …そう呟いている。


 あれだ。多分でなくても絶対にその相手お前の事避けてるよ。


 皆川が此処に来て二週間、全く顔を合わせていないのが何よりの証拠だ。それよりも同室の奴も凄い。皆川と鉢合わせしない様に過ごしているだけで物凄い。


 この時、ちょっとだけ皆川と同室の奴の存在が気になった。


 そしてこのままこいつの標的も不謹慎ながらその生徒にいっそ移れば良いのに…って思ってしまった。


 それ位に俺の心は荒んでいた。


 その日の翌日に俺は彼と劇的なご対面をする事になる。


 今日も今日とて嫌がったが俺は皆川に連行される様に生徒会室に一緒に連れて来られた。


 そこで皆川は今日も嫌だ嫌だと口で言いながらも美形連中に囲まれて嬉しそうにしている。俺はその中で最早居ない者として扱われている。その方が気が楽だ。もう少ししたらそっと部屋から出よう。


 皆川に気が付かれぬ様に部屋を出る術もここの所で随分良くなって来ている。最も、捕まって失敗する事もあったけれど。


 しかし……。生徒会連中はともかく、それ以外の此処にいる奴らは授業に出なくて良いのか?


 俺は何とか成績も保つために抜け出しては、授業だけはきっちり出る様にしているんだけど、それ以外の皆川や橋、小松原、最近落とされた泡島は何で朝から此処にいるんだろうか。


 学生の本分は一応勉強ですよ。ああ、金持ちにはそんな事いらないって。そうですか。


 だったら俺を巻き込まないで自分らだけできゃっきゃしてろよ。


 仕事もかなり溜まって、至る所で散乱しているし。書記の武石の姿が見当たらない。彼は安全で静かな場所で生徒会顧問と一緒にこのたまるばかりの仕事を片付けているのだろう。


 実に彼らも哀れだ。



 だが、今日は朝から生徒会長達の様子がちょっとだけ可笑しい。


 皆川は何時もの如く能天気だが、その他の奴らの機嫌が悪い。


 その理由は何となく分かっていた。


 どうも皆川は念願の同室者に自分から会いに特攻を掛けたらしい。その時、俺は珍しく、奴等から逃げ切れて連行されなかったんだけど。


 皆川は番犬三匹と一緒に居たにも関わらずその同室者は皆川に向かって近付くなと正々堂々と言い切ったと言うのだ。


 しかも他の奴らにも鬱陶しいと言ってのけたと。


 この学園でこの狂信者共に正面から堂々と言える奴がいた事に驚きだ。


 たいていは仲間と一緒に生徒会への憧れを口にするか、それ以外は遠巻きに、そっと近付かないよう目立たぬ様に過ごして、そんな奴等には近付かないでいる様な奴ばかりなのに。


 そんな番犬付きの皆川は同室者の言葉に高二にもなって思わず泣いちゃったらしい。それに怒り心頭してその同室者に殴り掛かったのは小松原だ。


 見た目同様、中身も切れ易く、怖い。だが、そんな小松原の攻撃をもすり抜けて何処かに消え去ったらしい。


 そう、消え去った。その光景を見ていた奴等は揃ってそう口にしていた様だ。


 そしてその日は教室にすら戻って来なかったらしい。


 その後、生徒会会計も連れて諦めると言う言葉を知らぬ皆川は自分の中で勝手に都合の様に解釈して再び特攻したらしい。が、不思議な現象が起きて、あえなく退散。本人にすら会えずに。


 今までの所で特に問題は皆川が泣いた所にある。


 生徒会連中は可愛がっている皆川が見ず知らずの生徒に泣かされた事にたいそう腹を立てていた。


 そして、その生徒は早速生徒会の狂信者共から呼び出しを受けた。


 用心にも二人目の副会長広瀬を迎えにやって。


 そして暫くすると広瀬の言葉と共に生徒会室の扉が開くと噂の同室者が姿を現した。


 彼は何処にでもいる様なごく普通の学生だった。つまりはこの学園にいるにしては珍しい俺と同じ平凡な容姿をしていたのだ。


 この生徒が…。


 それに駆け寄ったのは勿論。皆川だ。だが、抱き付こうとした瞬間その生徒は皆川綺麗にをかわす。すると皆川も綺麗にその場で床と対面をしていた。


 実に見事な顔面スラインディング。こんなの初めて見たって位見事に決まっていた。


 その事に周りの焦った様子とその生徒に対して睨み付けているのが見えたが、気にした様子も無く入って来た。格が違う。この部屋にいる誰よりも。自分と同じ平凡でごく普通な容姿をしている彼は何処かが違う。俺は本能的にそれを感じ取っていた。


 俺は知らずに生徒会とその生徒の様子を見守っていた。


 呼び出しを受けた皆川の同室者の様子にはひるんだ様子はおろか、喜びの様子すら見えなかった。


 それどころか全身からありありと嫌そうな雰囲気と何よりも面倒そうな空気が滲み出ていた。実に迷惑そうなその表情から、皆川とその狂信者共に良い感情は持って居ない様だ。


 そして、生徒会の連中の嫌味にも面倒臭そうに棘を含んで返している。凄い。学園の人気者を相手にそこまで言い切れるその様子はまさに驚嘆に値する。


 そして、生徒会は実に理不尽極まりない事を言って退学申告をしていた。


 その何処か勝ち誇った様に言う会長やその周りの連中に俺は呆れた。皆川は一人焦って伊集院に何かを言っていたがその内容も実に馬鹿らしい。


 全部お前のせいだろうが。


 こんな奴等が将来、トップに立つ奴らなのか。日本の未来はとても暗いな…。そんな風に思っていたら言い渡された生徒の方はその場で大笑いをしていた。


 今まで俯いていたのは俺と一緒で目の前の茶番劇を見て笑いを堪えていただけらしい。


 そしてそこで浅はかな会長達の考えを看破して行く。


 見事。実に見事な答えだ。


 どうやら退学が受理されたのは嘘だったらしい。


 あの理事長の許可が貰えなければ後は生徒本人による自主退学書が必要だ。


 だから言葉巧みに自主退学書を出させ様と会長達は企んでいたらしいが、それは相手によって既に考えを読まれていて、尚かつ図星を指されて、会長達の頭に一気に血が上ってた。


 見る見る内に喧嘩に弱い会計二人は皆川と部屋の隅に非難して、一気にその生徒を生徒会連中と三匹の番犬が取り囲む。集団暴行の現場だ。


 悪役だ。


 どう考えても生徒会が悪役。たった一人の一般生徒を囲う等質が悪く頭の出来が非常に宜しくないチンピラの様。


 だが、取り囲まれた生徒は何処吹く風と言った様子で見ている。


 口々に相手への憎悪を吐き出し、そこへ静止を掛けようとした皆川の声が響き渡ると同時に会長が殴り掛かった。それが合図だった。


 その光景は最早皆川の同室者にとって不幸な事になると思われたが、そうはならなかった。


 会長の鋭い殴りを悠々とかわし、その隙を突いて、小松原と泡島が左右から同時に蹴りを入れる。だがその攻撃は当たらず、その生徒は楽々とその場の天井付近まで飛ぶと、体重を感じさせぬ様にとんっと二人の足の上に立っていた。


 そして今度は三方からの拳が降り掛かろうとしたのをこれまた優々とかわすと、先程と同じ様に今度は三人の腕の上に降り立つ。三人はどう言う訳かその場で身動きが取れず、何とか動こうともがいているが、びくともせず、動けないでいる。


 そして静寂が支配するなか、会長が忌々しげにその生徒に何者だと尋ねるが、その生徒は鼻で笑うと答えになっていない答えを馬鹿にした様に言ってのけると急に俺の方を向く。


「俺は帰らせて貰う。あ、そこのソファで固まっている吉永も来い。一緒に帰るぞ」


 驚きだ。彼の視線に入って無いと思っていたら急のご指名。俺は思わず驚きの声を上げる。するとその横でこの状況が良く分かりませんと焦った様な皆川の声が聞こえるが、その声を無視すると彼は俺の側にまでやって来る。


 そして周囲の奴等に向けてにっこりと微笑んだ。


「んじゃあ、俺達はこれで用は終わったので失礼します」


 そう言ながら懐から何かを取り出し、それを思いっきり床に投げ付けていた。


 同時に白い煙が濛々と立ち上がる。


 目を白黒して見ていると、隣から水色のハンカチが出された。


「これで口と目を覆っておいて。これ、ちょっと俺が特別に改良した特殊な煙幕だから」


「は、はい!!」


 煙幕と普段聞きなれない言葉を耳にしたが、俺は言われるままにハンカチで目と鼻を覆う。


 すると右腕を掴まれて、そのまま魔の巣窟である生徒会室を普段とは違う形で脱出する事に成功した。


 背後で鼻をすする音と、クシャミ。そしてそれぞれの叫び声が聞こえたが、俺は気にしない事にした。


 今、思う事は二つ。


 皆川とその信者共ザマーミロ。


 そしてこの生徒は一体何者何だ?


 腕を引かれながら俺はそう考えていた。


 

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