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5-5

 立川は、タイランたちを気にしながらセレイガの傷をタオルで押さえていた。

 タオルは血と煤で真っ黒になっている。セレイガは服の隙間から、体のあまり酷くない部分を拭いている。タオルの白い面が表に出るように調整していて、ふと顔を上げると言った。


「立川君。決まったようだ。サルシュのユニコーンが」


 立川は顔を動かさないように、目だけで彼らを伺った。

 サルシュは傷だらけの体で、とうとう体を支えきれずにしゃがみ込んだ。タイランは驚いて数歩歩み寄る。


 そんなに担任の生徒とは可愛いのだろうか、随分とひいきが過ぎることだ。立川は水気の無くなったセレイガのタオルに、水筒の水を振り掛けてやる。彼がサルシュに決闘でボコボコにやられている時は手を出さなかったくせに、サルシュが負け出した時には止めに入り、ちょっと倒れこんだだけで助け起こす。


 その距離まで近付いたことを、今日から長く長く後悔すれば良い。立川は誓約可能な有効距離なんて知らないけれど。

 しゃがみ込んだサルシュは、差し出されたタイランの手を掴んだ。

 傍から見ていると、ちょうどタイランの足元に跪いている姿勢に見える。

 サルシュのこめかみの聖痕は、ゆらりと炎のように輝いた。

「俺を、強くしてくれよ。おまえの為なら何だってするから、あなたに全てを捧げるから。どうか、俺に、俺を、強くしてください。俺を、強くしてくれ。あなたに忠誠を、誓うから」


 俺の、ユニコーン。


 祈るように、誓った。サルシュの聖痕は、ゆらり、ゆらりと奥に炎が燃えているかのように輝く。

「それは、できない」

 タイランは首を振った。


「貴様らは勘違いしている。僕たちユニコーンに人を強くする能力なんて無い。そんなこと、ユニコーンにはできないんだ」

「……なんでだよ。伝説では、だって」

「大昔の伝説だろう。貴様らは、勘違いしているんだ」

 タイランは、サルシュに引かれていた腕を振り払って、冷たく言った。


「じゃあ、誓約はどうなるんだ」

「だから、それは勘違いだと言っている。僕達ユニコーンには貴様らを強くするような能力など無いよ。誓約など、できない」

 タイランは、疑いない事実をきっぱりと告げた。ふっと、ゆらゆらと青く輝いていたサルシュの聖痕が、光を失った。サルシュは、愕然としてこめかみに手を伸ばす。


「誓約が……、俺の魔力が」

 サルシュは驚愕して、地面に座り込んだ。



 ちらりと横目で二人を見ていて、立川は笑いたいような、悶絶したいような気分になった。

 多分、立川たちが誓約した時も、あんな調子だったのだろう。全く話が噛みあっていない二人。

「俺達と同じパターンだな」

 あれは、ある種成立している。ユニコーンが断ったと言う形で、誓約が成ったのだ。立川達と同じ形。


 この誓約は結局のところ、立川たちには拒絶する術が無い。だってこれは、ユニコーンの前で、パテリュク王朝の魔法使い達が、自分自身に呪いをかけるという呪術なのだ。


 立川たちが湖の側で話していたのを聞いていたのだから、なぜタイランはもう少し上手くやらないのだろう。ユニコーンの姿を見せれば、パテリュク王朝の誰かに誓約を求められることなど想定のうちだろうに。

 一度自分で誓約にかかっておいて、魔術的な観点からその解決策を模索するつもりなのだろうか。本物のユニコーンであるタイランならば、これを何とかできると思っているのだろうか。


 立川はうっすらと微笑んだ。


 学園の教師ならば立川よりも上手く立ち回れるのかもしれないし、学園の教師が当事者にでもなって、もう少し本気で解呪の手段を探してもらわないと困るのは確かだ。

 しかしセレイガの妙な執着を見ていると、そんなに簡単な話だとも思えない。立

 川にとっても空恐ろしい話だが、この呪いはどうも遅効性に思える。


 多分、タイランは完全に呪われてしまっている。



 立川はセレイガの耳元からそっとタオルを退ける。鳥肌が立ちそうな話だが、欠けていたはずの耳が完全に再生していた。まったく、魔法技術は恐ろしい。

「良かった。こっちは大分良いみたいですよ」


 セレイガは足の付け根に置いていたタオルを退けた。

「ああ、こっちもふさがった。ありがとう、立川君」

「いえ、私が何かしたわけじゃありません。この水のおかげですよ」


 目を細めてサルシュたちの様子を眺めて、今日は『宝探し』に参加できて良かった、と立川は思った。自分の甘さを自覚できた。


 誓約と言う名の呪いの実体をわずかながら知ることができた。

 セレイガの彼女への憎しみと本気に気付くことができたのは、良い成果だったと思う。

 そしてさらに、魔法使い達の戦いの残酷さを目の当たりにすることができた。


 体の一部が千切れたくらい、彼らには何てこと無い怪我だった。手足に穴が空いた程度では、学園は争いを止めようとはしなかった。これがこの学園の常識だとするのならば、立川が信じていたこの学園の安全はなんと脆いものだったのだろうか。


 たとえ治癒魔法でふさがるのだとしても、立川は腕に大穴が開くなんて嫌だ。蘇生することができるのだとしても、絶対に死にたくない。そして立川は今後も、こんな世界に巻き込まれ続ける可能性があるのだ。



 この呪いが解けない限り。

 ――誓約。



 タイランは今後きっと面倒臭い立場に立つことになるだろう。入学したての頃の立川と同じく、パテリュク王朝の大臣達に無理難題を押し付けられたり、くどくどと難癖を付けられたりするのだろう。


 ああ、タイラン先生。

 あなたは今日から私のたった一人の理解者です。


 まだ気付いていないのかもしれないけれど、タイランはきっとサルシュに憎まれたり、愛されたり、執着されたりするのだ。


 誓約は彼が思うよりも、きっとずっと面倒臭い。

 しつこく絡みつき、たやすく解くことなんてできない。


 憎んだり憎まれたり、鬱陶しくて重苦しい感情に縛られて。あの細マッチョの男前な教師は、軽々しくあの誓約に応えた事を、今日から長く長く後悔すれば良い。


 ああ、タイラン先生。ようこそ。


 私のほうが、先にお邪魔しています。


 ようこそ、重苦しく生温い、執着の内側へ。


 長く続く、憎しみの浅く広い泥沼へ。ようこそ。



「うふ、うふ、うふふふ」


 ざまあみろ。


 立川はタイランたちに聞こえないように小さな声で笑った。



 チカッと青白い光が立川の目を刺して、ふと気付くと、セレイガはうっとりした目で彼女が笑うのを見ていた。立川は見て見ぬ振りをしようかとも思ったが、笑いは勝手に止まっていた。


「セレイガさん」

 セレイガはさり気なく片手をこめかみにやって光を隠すと、誤魔化すように言った。

「もうサルシュ達は俺達に用が無いと思う。ここから離れようか? 『宝探し』の続きをしないと、随分時間をロスした」



 セレイガはたまにこめかみに手をやる癖がある。それは立川も気付いていた。聖痕があるからやはり気になるのかと思っていた。だがもしかしたら、今までもこうやって聖痕が光るのを隠していたのかもしれない。タオルを耳に当てていたときも、妙に光が漏れてくると思ったが、実はチカチカしていたのだろうか。

 嫌なことに気付いてしまったと彼女は思ったが、知らない振りをすることに決めた。


「え? セレイガさん、続けるんですか。そんな大怪我で」

「怪我は治ったし、俺はどちらでもいいが、立川君はこのゲーム、棄権したくなかったのではないのか?」


 正直立川はもうどちらでも良かった。治ったらしいとはいえ、さっきまで体中の皮膚を焼け爛れさせていた彼を酷使するのは、いくら恨みがあるとはいえ難しい。しかし言い換えるなら、適当に続けてもいいのだ。

「うーん、どうしましょうか……」



 考えていると、突然セレイガは叫んだ。


「立川君、敵だ!」




 立川ははっと立ち上がって、逃げる為と言うよりも、反射的にここならば安全だからと、近くにあった浮き魚に駆け寄った。セレイガはリュックを掴んで、素早く立川の後ろに乗り込む。


 ひゅっ。


 細長い手裏剣のような刃物が飛んできた。


「ひゃあっ!」

 しゅわっ。

 浮き魚の事故防止装置が作動して、風がそれを防ぐ。


 立川は、セレイガがきちんと乗り込めたかも確認せずに、ペダルを踏んだ。全部踏み込んで、急発進する。

「誰が!」

 舌を噛みそうになりながら、立川は叫んだ。

「『宝探し』の参加者だ」

 セレイガが、相変わらず冷静な声で答える。


 そうだ。

 そうだ、ここは『宝探し』の戦闘許可区域。戦って『宝』を奪い合うのが、その本来のあり方だ。

 結構広いから甘く見ていたが、決闘の音を聞きつけて別のペアが追って来たのだ。


「セレイガさん、相手強そうですか?」

「勝てない。一人二人じゃない、大勢だ」

 別のペアが、たくさん追って来たらしい。大勢って――。


「ちょっと、どっちの方向に行けばいいんですか」

 セレイガは忙しなく周囲の様子を見ながら、警戒している。


「上から!」

「うわあっ」

 ハンドルを右に切る。頭上から巨大な岩が降ってきた。


 岩って、あれは、浮き魚の防止装置で防げるレベルのものだろうか



「待て! 『宝』を賭けて戦え!」

 ジャージ姿の男が岩を持ったまま浮き魚に併走して来た。


「無理無理無理」


 更に、後ろから黄色い魔法の玉が飛んできた。浮き魚に弾かれて、バチバチと音をたてた。


「待っちなさーい! 私の獲物よ!」

 足にジェット装置を付けた魔法使いが、すごいスピードで駆けてくる。


 その後ろからは、誰かが操っているのか変身しているのか、凶暴そうな猟犬が一直線に立川たちを追いかけて来ている。


 すごく、怖い。


 立川が浮き魚を運転して森の中に入ると、右上の樹上からは、何かが木を伝って駆けている音が聞こえる。忍者だ。



「セレイガさん、『宝』投げて! 放り投げて! 後ろっ」

 立川は叫んだ。


「は? 『宝』を」

「死ぬよりはマシです」


 浮き魚のスピードは落とさない。セレイガは背後でごそごそとリュックを開けると、素晴らしいフォームで後方に遠投した。

 ずざざざざ、と虫の大群のような音をたてながら戦士達は進路を変えた。


 それを見送って、立川が息を吐くと、樹上から手裏剣が飛んで来た。

 しゅわっ。

「君、まだ持っているだろう」

 立川は小刻みに首を横に振った。


『宝探し』の勝敗なんてどうでもよかったはずだが、折角探し出した『宝』を奪われるのはどうしても悔しい。



「嘘」



 背後から別の声がした。振り返ると、透明なバレーボールくらいの玉を抱えている少女が、立っていた。恐ろしいことに彼女は、宙に浮いて突っ立った姿勢のままで、立川たちの浮き魚に付いて来る。


「まだ、四個、持ってる」


 探索系魔法の使い手だ。勘弁してくれ。


 立川は自棄になって叫んだ。

「もう! セレイガさん、投げて。もういいです、投げてください!」


 浮き魚は、猛スピードのまま走り続けている。



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