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5-2

 

「サルシュ! 正々堂々と、俺と決闘をしろ!」


 六人の魔法使いたちの目の前に、セレイガは無防備に飛び出す。唐突に現れたセレイガに男達は慌てて立ち上がった。


「な、なんですと、殿下」


 トウラ宰相は最も遅れて立ち上がった。大慌てでセレイガから距離を取る。

 彼は魔力に優れているとはいえ、文官の宰相だ。まともに実戦に出たことも無く、実際の痛みには慣れていないのだろう。師としてセレイガを教育していた時も、セレイガは何度も暴力を振るわれたが、セレイガが彼に痛みを返したことは一度も無い。その目は、恐怖で染まっていた。


 トウラは戦えない。セレイガは目を細めた。


 セレイガは腕を振り下ろして炎の魔法を起こした。炎でサルシュの足元に四角い紋様を描く。パテリュク王朝の決闘の申し込みの作法だ。

 サルシュのこめかみの聖痕は、ゆらりとわずかに光った。それはわずかなもので、聖痕が光ると自覚している者でなければ気のせいだと流してしまう程度の輝きだった。


「その決闘、お受けいたしましょう、殿下」


 サルシュは腰から剣を抜くと、右手で横に振って、足元の炎に水を振り掛けた。パテリュク王朝の魔法に剣や杖などは必要ない。単なる様式美だ。


 セレイガの背後からは立川が、そろそろと浮き魚に乗ってやって来る。それはサルシュも他の男達も気付いていることだろう。気付かれないことは不可能だ。しかし注意を惹きつけることはセレイガにもできる。腰から木刀を抜いた。


「魔法使いでありながらそのような、無様な道具を利用されるのですかな、殿下」


 トウラ宰相はセレイガから明らかに距離を置きながらも、古臭い文句を付けた。セレイガは、老いたかつての師を一瞥する。すぐに、視線はサルシュに戻した。


「こそこそと、俺を多人数で暗殺しに来た者たちが、よくも無様を語れたものだな。俺はおまえ達に最後のチャンスを与えたのだ。六人で俺に襲い掛かって返り討ちにされるよりは、決闘で負けたほうがよほど格好も付くだろう」


 サルシュは、獰猛な目つきで笑った。

「ふんっ。殿下にしては珍しく、挑発的でいらっしゃる。これまで一度も、俺の試合の申し込みを受けてはくださらなかったのに」

 そうだ。一度もサルシュと戦ったことは無かった。


 似たような年齢で、才能にも優れていながら、セレイガを崇拝し、心酔している様子の、二つ年上の従兄弟。

 セレイガが継承者争いを脱落した後の、最有力の次期王候補。

 故郷に居た頃は、優秀でありながら、いつもセレイガと比べられて、一歩劣ると評されてきた。

 まさか本気で、セレイガを慕っていたということもないだろう。


 確かに、セレイガに憧れてもいたかもしれないが、きっとセレイガを殺したくて殺したくて堪らず、眠れない夜を過ごしたこともあったはずだ。パテリュク王朝に居た頃は、サルシュにとってセレイガは、同年代でほぼ唯一かなわなかった相手だっただろうから。


「俺が殺して差し上げますよ、殿下。光を失った、おいたわしい殿下。俺の憧れだった、殿下」


 しかし今は違う。サルシュもセレイガと同じく、このかけ橋学園で半年間過ごしてきたのだ。


 セレイガはサルシュの心の中で、以前ほど重要な位置を占めていると自惚れることなど出来ない。

 この半年で、セレイガは大きく変わった。自分の中の常識と価値観と誇りと何もかもを大きく揺さぶられた。サルシュだってそうでないはずが無いのだ。


 サルシュに勝利できる存在は、もはやセレイガ一人ではない。


「殿下、最期くらいは、強者との戦いの中での名誉ある死をお与えいたします。あなたを殺すのは、俺です。やりあいましょおよお、殿下ぁっ!」



 サルシュは剣を振り上げて十の火の玉を作ると、二、三個ずつ放出した。セレイガは聖痕をチカリともさせずに駆け出して、軽々と火の玉を避ける。


 セレイガは火の玉の軌道を予想しながら駆けて、軽々とそれを避ける。横目で立川を探すと、彼女はそろそろとセレイガたちの戦闘の場から離れていく。ごく自然に離れているように見せかけて、トウラたちにこっそり近付いているのだ。

 セレイガはそれに協力するために、逃げながらトウラたちから離れるように戦いの場を移動する。浮き魚の防御装置とやらがあるとはいえ、流れ弾や火の粉が彼女の方に向かっては危険だ。サルシュを挟んで、彼女と反対側の位置を取りたい。



 走りながら木刀に大地の魔法を纏わせる。

 木刀がそう簡単には折れたりしない、丈夫なものになるように。炎で燃えてしまわないように。魔法を纏わせながら木刀を、薄く、薄く、鋭く尖らせる。


「以前の殿下であれば、もう俺をふっ飛ばしていましたよ。それが、逃げることしか出来ないとは、情けない。なんて、情けないんだ。ああ、みじめで、おいたわしい殿下」


 サルシュの聖痕がゆらりと輝く。腕を振り下ろすと、風と炎の混じった巨大な火の玉が、セレイガを追って来た。


 セレイガは足に風を纏わせて、地面を強く蹴り上げ、大きく後ろに飛び下がった。

 バサッ。

 風の力で盛り上がった土で、土柱を立ち上げて、火の玉を防ぐ。


「ふん、そんなもので、俺の魔法が耐えられるかよ」


 土柱を壊すために、更に火の玉がぶつけられる。



 パテリュク王朝の魔法騎士が基本的に取る戦法は、魔法砲撃。その場で障壁を張って、立ち止まって魔法の弾を撃つ。

 パテリュク王朝に伝わっている魔法を、多重世界全体と比較して評価するのならば、単純で効果は微妙。パテリュク王朝の魔法は、呪文を詠唱する必要がなく、威力は悪くないが、コントロールは悪く、ほぼ直線にしか飛ばない。遠距離攻撃と言うには飛距離が短く、せいぜい中距離攻撃だ。

 セレイガは学園に通うまで、魔法使いの戦い方と言えばこういうものだと思い込んでいた。それ以外を考えたことなどなかった。


 サルシュの炎の威力に土柱が倒れると、同時にセレイガは風を背に高く跳躍して、サルシュの真上に飛び降りた。真上から、振り下ろす。


 ガキン!

 木刀を、サルシュの張っていた風の障壁に弾かれる。


 ――ダメか。


 セレイガは素早く退いた。まだ鋭さが足りない。


「は? 何をしているんですか、殿下。勝てないと知って、玉砕覚悟の突撃ですか。あなたの強さは、その程度かよ!」



 サルシュの聖痕はゆらりと輝いた。彼が何を求めているのか、セレイガには分からない。

 サルシュはパテリュク王朝では、この若さでかなり上位の強さだった。その豊かな魔力量でいつまでも砲撃を撃ち続けていられる。

 互いに止まって相手の障壁に向かって撃ち続けていれば、それは魔力量が多いほうが圧し勝つ。

 しかし戦いは、それだけではない。相手がいつでも止まっていてくれる訳ではない。そんなことも、セレイガたちはつい最近まで気付いていなかったのだ。


 今のサルシュは、止まって障壁を張って撃ち続ける、パテリュク王朝の伝統的で古臭い戦法を取っている。そんな戦法では、このかけ橋学園で勝ち続けていられる訳がない。サルシュのクラスは戦闘系のクラスで、学問系のセレイガのクラスよりも、ずっと強い者がゴロゴロしている。


 セレイガは大地を蹴り上げて、今度はそこに水の要素を混ぜ込んで、やや固い土柱を作る。そこでサルシュの魔法を防いでいる間に、木刀を練り直す。


 もっと薄く、鋭い刃に。


 もっと薄く、薄く、不必要な物は削ぎ落とすのだ。


 固く、固く、圧縮してより熱く。


 サルシュは土柱に、火の玉や風の刃をぶつけている。どうもサルシュは、想定外のことをしないので、むしろそこが想定外だった。

 かけ橋学園では、相手がどんな行動を取るのかまるで分からない。セレイガはこの学園で、決して弱くないが強くもなかった。何度も何度も、ボロボロで情けない負け方をした。


 この点に関しては、セレイガが立川に誓約したことはむしろ幸運だった。魔力を失ったせいで、負けても仕方が無いと諦めが付いたし、立川のことが気になり過ぎて、深刻にショックを受ける為のタイミングを逃してしまっていたのだ。

 今となっては、よくもあんなに簡単に立ち直れたものだと思う。


 サルシュだってきっと、この学園でボロボロに負けてきたことだと思う。戦闘系のクラスで、化け物みたいなクラスメートが大勢いるはずだ。


 負けても負けても、パテリュク王朝の伝統的な戦法を取っているのだろうか。

 まさかそんなこと、初めのひと月だって耐えられないだろう。


 多分サルシュは、まだ立ち直りきれていないのだ。


 セレイガのように、すっぱりと諦めて開き直れていない。

 まだ、ボロボロに負けた事実が信じられず、小さくしゃがみ込んだまま、立ち上がろうかどうしようか迷っている途中なのだ。失った誇りと自信が信じられず、セレイガに八つ当たりをしているのだ。


 セレイガは何度も何度も、パテリュク王朝の誇り高い魔法戦士ならば絶望で自害してもおかしくないような、情けない負け方を何度もした。

 魔法の攻撃を剣で斬られたことがある。一撃も食らわせられなかったことなど珍しくないし、魔法を仕掛ける暇もないくらい一瞬で吹き飛ばされたこともある。


 だが、惨めなことなどもうなんでもない。

 本当に強くないのならば、見せ掛けだけ強くても意味はない。

 どんなに情けなくても、そんなことはもうセレイガにはどうでもいい。


 ただ、強くなる。

 まだ彼は、この学園で強くなれる。



 もろり、と土柱が崩れて、サルシュは一瞬砲撃を止めた。


 なぜそこで撃ち続けない!


 セレイガは土柱ごと刀で突き壊し、そのままサルシュの元まで直進した。背中を風で押し出して、前からぶつかる土くれも炎の欠片も気にしない。


 ただ、鋭く。


 刃を、鋭く。


 何度も何度も負けた。

 はるか遠くに居る姿も見えない狙撃手の一発の弾丸に、障壁が貫かれたことがある。一度懐に入り込まれたら、近接戦闘を得意とする戦士には、手も足も出ない。


 半端な砲撃魔法ではダメなのだ。今のセレイガの魔法量では、飛距離では、障壁の固さでは、半端なのだ。


 魔法の風で腕を押し出し、剣先のスピードを高める。


 もっと鋭く、もっと速く。魔法使いなのだから、人間が出せる程度のスピードでは意味がない。


 刃を、鋭く。


 そして、熱く。


 セレイガは、サルシュの風の障壁を、溶かすように切り裂いた。


「何っ! 斬っ――」

 サルシュは声を上げた。


 会心の切り口に思わずこめかみが輝きそうになって、セレイガは堪える。返す刀でサルシュに切りかかった。

 サルシュは咄嗟に剣を持ち上げ、セレイガの木刀を弾く。


 キンッ、キンッ、カッ。


 三度打ち合った時、ただの金属で出来たサルシュの剣は真っ二つに折れた。

 セレイガは、振り下ろしていた刀で切り上げた。


「炎よ!」


 音が衝撃になるような大声で、サルシュは怒鳴り、その瞬間セレイガの体は吹っ飛んでいた。


「セレイガさん!」

 立川の叫び声が遠くで聞こえる。


 セレイガは慌てて体勢を整えようと風を掴む。

 地面に転がりながら風を掴んで立ち上がったが、灼熱で足を貫かれた。


 再び倒れそうになるのを堪えて、魔力の風を踏んで、三度サルシュに飛び掛る。

 多分太股に、穴が開いている。


「こんな野蛮な戦い方で!」

 サルシュは、絶望と憎しみを瞳に湛えて叫んだ。こめかみの聖痕がゆらりと揺れた。

「殿下は、パテリュク王朝の誇りを捨てるのか」



 何だこのバカは。まだあんな古臭い戦法に拘っていたのか。

 伝統なんか、勝てなければ無意味だ。


 木刀を振り上げる。

 サルシュが手元から火の玉を出したので、木刀で弾いて飛び退く。

 セレイガは薄く体の表面に障壁を張っているが、余裕がないのでそこに回せる魔力はごくわずかだ。致命傷になるかもしれない攻撃は、避けるかずらすしかない。障壁よりも、渾身の魔力で練り上げた木刀の方がよほど固い。


 弾いたせいで、ずれた火の玉の軌道が顔面をかすった。熱風のせいで、ゴーグルが変色してよく見えない。これで変色ですむのが、学園の道具の怖いところだ。


 見えないながらも、ただ殺すべき相手はこちらだと、セレイガは木刀を突き出した。


 土と炎でできた刃を、もっと鋭く尖らせる。


 この世の何よりも薄く。風さえ溶かせるように熱く。魔法使いの武器なのだから、物理法則に負けるようでは意味がない。


 サルシュが体をひねって避けたので、横に薙いだ。刃は肉に埋まったが、心臓に届く前に腕を押し戻される。見れば、刀を握る手が燃えていた。


 熱い。

 燃えるようだ。

 燃えている。

 薄く体を覆う障壁など、気休めにもならない。


 セレイガは全身穴だらけだが、サルシュが負った大きな傷は今のものだけだ。

 まだ敵は死んでいない。


 ただ鋭く。もっと熱く。

 もっと速く。

 セレイガは熱さで叫びそうになりながら、最早腕と一体となった木刀を振り上げた。

 ただ、殺す。

 こめかみが、かっと熱くなった。


「きゃあっ」


 サクリ。



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