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5-1 北風と情熱

 

 セレイガは、ポンッと白馬の首を叩いて方向を変えた。


 セレイガの故郷では、馬を乗り物として利用する風習はないが、乗り心地はトカゲとさほど代わらない。背筋が骨ばっていて、仄かに温かいのが少し気持ち悪いが、何で動いているのか良く理解できない浮き魚よりは乗り易い。竜ほど速くはないが、翼も生えていないのに音もたてず空を駆けるのは不思議である。

 立川は数メートル後ろで浮き魚に乗っている。


 白馬は、美しくて立派な生き物だ。何も知らなければ、パテリュク王朝の人間はこの馬をユニコーンだと思い込むだろう。別に間違ってもいない。自分がユニコーンだと思ったものが、ユニコーンなのだから。


 しかしこの馬は雄である。


 これからサルシュに会うのに、こんなものを連れて行って良いのだろうか。


 間違ってサルシュがこの馬に誓約したら、……笑える。



 セレイガは馬の胴を足で押さえた。くつわもあぶみも無いので、自力で馬に掴まっていなければならない。

 セレイガはロープを銜えさせてくつわにしようかと思ったが、馬はどうしてもプライドに触るのか銜えるのを嫌がった。その嫌がり方が理性的なので、馬はどうやらかなり利口そうで、人間が化けている可能性が高そうである。


 変身する類の魔法で化けているのか、そもそもそういう種族なのかは分からないが、実はこの馬は教師が化けているのかもしれないと立川は言っていた。趣味が悪いと彼女はぼやいていたが、学園関係者が一人居ると心強いと言うので、こうしてセレイガが乗ってここまで連れて来たのだ。


 立川はややスピードを上げてセレイガに並んだ。

「この辺りから戦闘許可区域みたいです」


 二人は、馬を連れて魔法陣を通り、学園の次元に戻ってきた。地図を使い、セレイガの探索魔法でサルシュ達の居る位置を割り出しておいた。先程立川達が居た所からわずかにそれた場所に、『宝探し』の戦闘許可区域があった。彼らは偶々入り込んだのか、そこにいるらしい。


 セレイガが覚えたばかりのこの初級の探索魔法は地味だが非常に便利で、サルシュ達の今居る位置どころか、人数や怪我の状態まで分かった。

 この魔法が、地図を利用して捜し人まで見つけられるとは思っていなかった。

 このやり方は立川に教えられたのだが、他にも様々な使い方が出来そうだ。


 パテリュク王朝に居た頃は、魔法と言うものは既に決まっているものを教えられるものだった。学園に入学してから、魔法を自分で工夫して変化をつけることを学んだ。しかし、他人に小さな示唆を与えられるだけで、こんなにも簡単に新しい魔法を作り出すことが出来るとは。


 きっとセレイガはこの学園で、まだまだ強くなれる。



「サルシュさん達が戦闘許可区域に居るなら、私達の行動は『宝探し』のゲームのルール内です。ましてやサルシュさんは、部外者を連れて来てゲームに参加してる、明らかにルール違反ですー」


 立川はセレイガよりも、むしろ馬に言い聞かせるように告げた。

「私達が攻撃しても、ルール内です」


 セレイガは左手を伸ばして赤い宝石を揺らす。


「立川君、こちらの方向でいいようだ。もうすぐらしい」


 今日一日一緒に居た間だけでも、セレイガの常識には全く当てはまらないことを立川はいくつも話した。


 この学園は非常識だ。



 二人はゆっくりと乗り物を止めて、荷物を漁り始める。

 立川は荷物の中から、中に液体の入った小さな風船をいくつか取り出し、手首に通していく。彼女のぶかぶかの服の袖の内側に、たくさんの小さな風船を隠し持つのだ。


 彼女は魔法使い同士の戦いに、道具を利用して非魔法使いでありながら関わろうとしている。この学園は非常識だと言うか、様々な世界の数多くの常識が混在している。


 魔法使いの戦いに、武器でもない道具を持ち込むなんて、セレイガの常識では考えられないことだ。しかし、有効だ。

 浮き魚の事故防止の障壁を利用することで、魔法の攻撃をほとんど無効化している。説明してもらった彼女のやり方ならば、別にセレイガの協力が無くとも、彼女は一人でサルシュ達に勝てるだろう。


 恐ろしい常識だ。道具を使えば魔法を使えない人間でも、方法次第で魔法使いに勝てると推測する、立川の常識。同時に立川は、魔力に劣っているセレイガであっても、倍の魔力を持つサルシュに、勝てるかどうかはともかく勝負が出来ると思っている。


 彼女の中では、魔力と強さはイコールではない。

 強さとは、もっと複雑で様々な要素を総合した概念だ。この学園は非常識だ。

 そしてもはや、セレイガもこの学園の生徒なのである。


 確実に勝てる道具を使った戦い方を取らず、立川はセレイガに戦いを譲る。勝っても負けてもどちらでもいいと、負けても死なない保険をかけてセレイガの自由にしてくれている。


 勝ってやろうではないか。半年前までの、魔力一辺倒だった彼とは違う。学園で学んだ魔力で、新たに編み出した戦術で、勝つのだ。古臭い頭のトウラ宰相の頭を、ぶっ叩いてやろう。


 ぞくぞくと楽しみで背筋に震えが走り、聖痕がゆらりと輝く。

 ゆっくりと呼吸して、感情の波を抑える。

 戦っている最中に感情を読み取られるなど、セレイガには恥ずかしくて耐えられない。

 震えも聖痕の輝きも、意志の力で止める。


「立川君」


「はーい、できましたー。これ、割れたら大変ですよね」


 立川は袖の中にたくさんの風船を詰め込む。

 その中に入っている液体は、学園から支給された救急箱に入っていた薬物だ。毒物やら魔法薬やら蘇生薬やら、故郷では王族であってもそう入手することの出来ないような、高価な薬品が詰まっていた。恐ろしい薬物もだ。


 セレイガはサルシュに決闘を申し込む。こんな場所で決闘など馬鹿らしいが、きっと彼らは断らない。六人全員を相手にしたのではセレイガは勝てない、だからこうやって一対一の決闘に持ち込むのだ。


 そしてセレイガ達が決闘している間に、立川はその薬物をばら撒くのだと言う。セレイガが勝っても負けても、決闘が終わった後に襲い掛かられては困るから、薬物で彼らを無力化しておくのだ。


「これ、大丈夫なんですよね。これを吸った人が死んだり、後遺症が残ったりはしないんですよね?」


 立川は最後の確認と言うように馬に話しかけた。風船が割れると、中に入っていた薬物が気化し、近くに居た人間は気化した薬物を吸うことによって効果が出る。


 赤い風船は咄嗟の時に投げる昏倒薬。一息吸っただけで一瞬気が遠くなる劇薬で、その時激しい運動をしていると、血流が上手く回らず倒れる。ただし効果時間が短い。

 オレンジはゆっくり効果の出る、睡眠薬。気付けば体が素早く動かせなくなっていて、もっと時間がたてば眠くなってくる。

 緑は鎮静剤。注射や歯医者を嫌がる子供に振り掛ける魔法薬で、怒りや恐怖など攻撃的な気持ちが静まる薬だ。興奮していればいるほど効果がある。


 立川は注意深くそれらの薬品を選んだ。

 一瞬で相手を無力化してしまえそうな、もっと使い勝手のよさそうな薬物もあった。しかし立川は、相手に重大な症状が出ないような、効果の弱い薬物をわざわざ選んだ。重大な症状が出た為に後になって、酷く重く憎まれてしまわないようにだ。


 彼女は人に憎まれないように、慎重に行動している。

 立川は薄情な風のようだ。

 憎んだり憎まれたり、重い感情に捕われるようなことは注意深く避ける。

 彼女のそういうところが、セレイガは憎らしくてたまらない。しかしセレイガ以外に対しては、そのままで居てもらわなければ、困る。



 二人はゴーグルを付けた。救急箱に入っていた、気化した薬物を吸い込まないためのマスクも身に付ける。学園のものなので高性能らしく、戦っていても邪魔にならないように口の中に入れてしまうタイプだ。噛むと、ぷかりと口の中に魔法の泡が広がる。話をすることに支障も無い。


「じゃあ、行きますよ。セレイガさん、気を付けてくださいね」

「立川君も、気を付けてくれ」

「はーい。危なそうだったら、離れておきますから」


 セレイガの荷物は立川の浮き魚に載せてある。いつでも飛び降りられる姿で馬に乗り、軽くその胴を足で刺激した。


 サルシュ達は、全員で六人。サルシュとトウラと、部下らしき男達が四人。トウラ宰相の怪我だが、治療は施されているようだが完治はしていない。やはり危険なのは、サルシュだ。


 この先、森が途切れやや開けた場所に、彼らは居る。


 木々の隙間から漏れ出す光が大きくなって、その場所だろうと当たりを付けると、セレイガは走っている白馬から飛び降りて、飛び出した。



第5章で最終章になります。

もう少しですので、最後までお付き合いをお願いします。

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