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「立川君、どういうことになったんだい」
彼女は優しげに微笑んだ。
「学園が、セレイガさんのために用意してくれたイベントを消化しましょう。命を掛けた真剣勝負をして、実力アップを狙うというアレです。本当に危なくなったら先生が助けてくれるでしょうし、私は安全な所で見学してますからー」
セレイガは目を見開いた。今の話の一体どこにそんなセリフがあったのだろう。サルシュ達に喧嘩を売る宣言をしているようにしか聞こえなかった。
しかしサルシュやトウラと真剣勝負というのはなかなか心惹かれる。立川が安全な所で見ていてくれるんならば、安心できる。
「立川君」
「はい?」
セレイガはその場で姿勢を正した。
「命令してくれないだろうか」
「何をですかー?」
「私の魔力は以前の百分の一だが、立川君が許可してくれれば、以前どおりの魔力が使える」
今、セレイガの魔力は、立川が意識せずとも彼女の管理下に置かれている状況だ。
「ええ? そういえばそういう話でしたっけ? 誓約は失敗していないんですもんね」
立川はセレイガをまじまじ見て、少し顔をしかめた。
「いいですけど、なんだか命令とか少し怖いですねー。呪いが更に進行しそうじゃないですか。まあ、いいですよ。……もう既にちょっと命令してましたし。今度落ち着いたときにでもその呪いについて相談しましょうね」
立川はごく普通に誓約のことを呪いと呼んでいる。立川からすれば初めから呪いの様なものだと思っていたのかもしれないし、セレイガにとってもそれは確かに呪いだったが、パテリュク王朝の人間の前で誓約のことを呪いと呼べば、彼らは激怒するだろう。
「分かった。それから、誓約の詳細についてあまり連中に知られたくないので、サルシュを含めて奴らを全員殺したいんだが、構わないだろうか」
セレイガは主人の許可を待つように、立川の顔を覗いた。そもそも誓約の詳しい話を誰にも、立川にもしなかったのはパテリュク王朝の人間に知られたくないからだ。近いうちに、きちんと立川に説明するつもりだが、パテリュク王朝の人間には絶対に知られたくない。きちんと全て納得して理解してくれるのならばともかく、一部だけ理解して、曲解されたのではたまらない。
セレイガはこの学園に通う半年で、様々な戦闘のバラエティを覚え、かなり強くなったと思っている。その上以前同様の魔力を取り返し、背後で立川が応援していてくれるのならば、サルシュ達を全員後腐れ無く片付けてしまうことは十分可能だと思った。
立川は一瞬意味が分からない、と言うように首を傾げて、すぐに顔色を変えた。
「良い訳無いでしょう!」
血の気の引いた顔で、彼女は叫んだ。
セレイガは主人の怒りを恐れるトカゲが伏せをするように、ぎょっとして跪いた。
出来る限り体を低くする。何か不都合があって反対されるかもしれないとは思ったが、ここまで大きな反応が返ってくるとは思っていなかった。
一方立川の方は、怒りと言うよりも愕然としていた。
「サルシュさんて、セレイガさんと結構仲良かったですよね。本気で、殺すとか、言ってますか? 確かに、サルシュさんは本気っぽかったですけど」
セレイガは、自分の何が怒りを買ったのかいまいち分かっていなかった。立川が先程馬に話しかけていたのはてっきり、サルシュを殺してしまってもいいかという、その辺りの許可を得ていたのかと思っていた。
セレイガは、立川の怒りを何とか回避したい。サルシュを殺す正当な理由は、誓約のことの口止めだけではダメなのだ。今更殺そうと思ったことを撤回など出来ない。他の理由を探さねばならない。
そして多分、サルシュと仲が良かったことを認めるのも、心証が悪そうなのである。
「サルシュは俺を殺そうとした。
パテリュク王朝では、最も強い者が王位を継ぐ。毎回王位継承争いは大勢の死人が出るんだ。サルシュが俺に従っていたのは俺が圧倒的に強かったからだ。
サルシュは俺を慕っているように見えたかもしれないが、ずっと俺を憎んでいた。俺の周囲に居て、ある程度以上強い人間は、誰もが俺を心の奥では憎んでいる」
セレイガは出来る限り誠実に聞こえるように努めたが、自分でもかなり言い訳がましいと感じた。
セレイガ達パテリュク王朝の人間は、感情が激烈で、それゆえ他人の感情には図太い。セレイガの周りの人間は、誰もがセレイガに憧れながら熱烈な嫉妬を抱いていた。
しかしパテリュク王朝において圧倒的に優秀であったセレイガは、自分で他人に嫉妬したことが無く、嫉妬されていることに気付いても気にも留めなかった。
現在は、かつてセレイガを慕っていた人々は強烈にセレイガを見下しているだろうが、少しも気にならない。セレイガの興味の方向は立川にしか向いておらず、他にどう思われても全く気にならないのだ。
「相手が隙を見せれば互いに蹴落とそうとする、それが王族だ。俺の誓約が成功していたと知ったら、奴らは」
セレイガの誓約が成功したことを知れば、その人間もきっと立川に誓約しに行くだろう。立川が、別の人間に誓約される。そんなこと、決して許す訳には行かない。許せない。
「私にまで、危害を加えてくると言うことですね。今まで以上に」
幸運にも、立川はセレイガの言うことを勘違いしてくれたようだ。立川は複雑そうに溜息を吐いた。その表情は同情的で、セレイガの弁解は成功したようだった。
「殺伐としてますねー。パテリュク王朝って、皆セレイガさんを神様みたいに崇めてるし、サルシュさんも崇拝しきってて、今日も何か無理心中みたいな感じかと思ってたんですけど。
私、勝手にパテリュク王朝の人って、国の偉い人の割に単純そうな人が多いなと思ってたんですけど、結構ハードな人間関係なんですねー」
おおむね合っている。パテリュク王朝の人間は確かにセレイガを神のように崇めていた。殺伐としているが、パテリュク王朝は非常に単純だ。
単純だからこそ、時期王候補から脱落したセレイガを、殺して簡単に処理してしまおうとする。トウラなど本気で、魔力を失ったセレイガなど、気の毒で見ていられないから殺してあげよう、と考えている。
パテリュク王朝では、強さこそ第一。王にならない王子など無意味だ。魔力を大量に保有しているセレイガは神のように崇めても、魔力を失ったセレイガなど恥でしかない。
……やはりセレイガには立川が何故怒ったのかよく分からない。
立川は、セレイガを慰めるように笑った。セレイガは許しを得たのだと悟って、さっと立ち上がる。
「まあ、命を狙われてるのに殺すなって言うのは不公平かもしれませんけど、本気で戦って相手が死んでしまうのはともかく、殺すつもりで戦うのはダメです。私は、人が死ぬのは、耐えられません。相手が私達を、殺そうとした人であっても」
人が死ぬのは耐えられない。
「でもきっとー、誰であっても危なくなったら先生が助けてくれると思いますよー」
立川は、自分自身を危険にさらしていても、こんなにも凛々しく慈悲深い。
セレイガはうっとりと思う。
「それから、他はともかくサルシュさんを殺すことは、絶対にダメだし、多分無理です。学園内で、学園の生徒が死ぬことは、ありえません。学園が許しません。サルシュさんにもこっそりボディガードが付いてるでしょうねー」
立川は非常に慈悲深く、結局のところ誰に対してもかなり甘い。セレイガはそう思っている。地球世界出身者は、結局のところ、初めから迷惑を被ることを想定しているのだ。
そして同時に、危機管理には甘いのに、安全にはやたらと細かく厳しい。
サルシュにも学園の教師が付いている。確かになるほど、付いているのだろう。彼女がそう言うのならば。付いていないと、トウラ宰相はうっかりセレイガの刺した傷で死んでしまうかもしれない。そういう危険性もあるのだ。それがどう問題なのか、セレイガには良く分からないが、学園や立川は問題視するだろう。
「そうですねー。誓約のことがばれるのがまずいのなら、やっぱり少ない魔力のまま戦うしかないと思いますよ。その辺は何か考えましょうよ、色々と準備していけばいいですし。セレイガさんが弱いまま戦った方が修行になるし、このイベントの趣旨にもあってます。きっと危なくなったら、先生が助けてくれますから、どうですかー」
立川は馬に当て付ける様に、ちらりとそちらを見た。
セレイガは迷わず頷く。
「それは、構わない。それも、やりがいがある」
少ない魔力で戦った方が、修行としては意味がある。サルシュにすら及ばない今のセレイガの魔力で、どれほどのことが出来るのか。それはそれで、面白い。
魔力が元に戻らなくとも、セレイガはこの半年の間に間違いなく強くなった。この程度の魔力量で、彼らの高い鼻をへし折ってやろうではないか。
立川の前で殺すことは出来ないが、セレイガは彼女に攻撃を仕掛けた暗殺者達が非常に許しがたい。
パテリュク王朝の人間は、どうやらこれまでも何度も立川にちょっかいを掛けていたようである。あまりに強い感情を抱いていたので、セレイガは立川に関する情報をわざと入手しないようにしてきた。
故郷の人間が彼女にどれほど失礼なことをしてきたのかも、気付けていなかったようだ。やはりセレイガも、単純で頭の回らないパテリュク王朝の人間である。
これまで彼女に迷惑をかけてきた人間は、トウラたちとはまた違う者たちだろう。今更彼らを罰したところで、立川はそれを感謝などせず、きっと笑ってすぐに忘れてしまうことだろう。しかしセレイガは、彼らが許しがたい。
誰が最も立川を苦しませたのかは知らないが、いずれはきっと、それらを殺してやろう。
身分の高いサルシュやトウラを処刑するのは、今のところセレイガには難しい。無理をすれば出来ないこともないだろうが、もっと罰さねばならない人間が居るかもしれないのに、彼ら程度で無理を通している余裕は無い。
セレイガが魔力を持っていると明かし、再び次期王候補に戻ればそれらのことも可能かもしれないが、そうするつもりはない。セレイガのユニコーンは、彼が国王になればもう、セレイガを決して彼女に近付かせてくれない気がするのだ。
「彼らを、俺の新しい戦い方で倒してやろうと思う」
彼らを殺すことは、少なくとも今は出来ない。ならば、死よりも耐え難い思いをさせてやろう。魔力の劣ったセレイガに敗れて、二度と立ち直れないようにしてやろう。
セレイガはそっと、腰の木刀の鞘を撫でた。
「あー、なんかやる気満々みたいで、良かったですー。ただし、条件付で命令します。セレイガさんが本当に死んでしまいそうな位危険な時と、私を守ってくれる時、全力で、全部の魔力を使ってください」
セレイガは思わず、木刀を強く握り締めていた。こめかみの聖痕は、燃えているのかと思うほどに明るく輝いていた。
「命令します。私を守ってくださいね。あらゆるものから。心も、体も」
彼女はいたずらっぽく微笑んだ。
そよそよと風が吹いて、彼女の二色の髪が光を反射してキラキラと輝いている。
彼女は眩しそうに目を細めていて、どこにそんな強い光があるのかと思ったら、セレイガの聖痕から放たれている光だった。青白い光が、黒と茶色の髪に反射して様々な色にちらちらと輝く。
セレイガのユニコーンは、こんなにも美しい。
セレイガはその場で膝を付いて、胸の奥から搾り出すように言葉を吐いた。
「御意に」
感動かただの動揺のせいか、その声はかすかに震えていた。
「あ、あは。本当にセレイガさん、その光、ちょっとありえない光り方をしてますよ。人間から出るような強さの光じゃないです」
立川は目を細めて笑ったが、彼女が知るはずは無かった。セレイガが彼女の言葉にどれ程の喜びを感じたのか。
だってセレイガは許されたのだ、彼女を守ることを。彼女のために何かをすることを、初めてきちんと許してくれた。
やっと命じてくれたのだ。
見返りなんて必要ない。どうせ何を手に入れても、手に入れなくても、求め続けることしか出来ないのだ。ただ、許可が欲しかった。
ユニコーンに全てを捧げる許しを、彼女を思って生きる人生の許可を。
風のように柔らかく薄情な立川は、微笑みながらも自身が今どんな許しをセレイガに与えたか自覚していないだろう。セレイガの中の重苦しい感情など、彼女はつゆとも知らないのだろうから。
立川は風のように、ふふふ、と笑った。
「立ってください、セレイガさん。じゃあちょっと作戦会議をしましょう。私すごいこと思い出しちゃったんでー、試して欲しいことがあるんです」
立川は髪をゆるりと揺らして振り返ると、先程彼女が投げ出して倒れた浮き魚をひょいと立てた。
「ああ、何でもするが」
「あのー、浮き魚って事故防止装置が付いてたんですけどー。あれって、魔法にも効果があるらしいことを、そういえば先生が説明してた気がするんです。それどころか、浮き魚が走ってなくても効果があると思います」
「よく、分からないが」
「つまり浮き魚に乗ってたら、攻撃されてもバリアが自動で張られて、安全なんです。サルシュさんに襲われたとき、あんなに慌てず、浮き魚に乗って落ち着いて逃げればよかったんですよねー」
「だがそれは、どの程度の攻撃に耐えられるんだ?」
「だからそれをセレイガさんに確かめて欲しいんです」
立川は伺うように首を傾げた。浮き魚に魔法で攻撃してみればいいのだろうか。彼女の願いを断るはずなどない。ないが、一体何の為に。
「ここに乗ってれば、安全なんですよね。サルシュさんとセレイガさんの戦いを、特等席で見学させてください。私だって、関係者なんですから、隠れて見ている訳にはいきません」
「それは、危険だ」
立川はセレイガを見つめて、ゆっくりと微笑んだ。
「だってセレイガさんが、守ってくれるんじゃないですか」
セレイガのこめかみが、とくんと強く脈打った。
立川は、自身がセレイガにどれ程のことを言ったのか分かっていない。平気でにこにこほほ笑んでいる。
誓約と言う心に打ち込まれた呪いを、二人を繋ぐ呪縛の存在を、彼女の言葉が確かなものにしていることに気付いていない。
当然だ、気付くはずがない。ただ、セレイガの心の中だけで起こっていることなのだから。
「守ろう。君がそれを望むのならば。君がそれを許してくれるのならば」
セレイガの、自分自身ですらも絡め取ってしまったこの重苦しい感情。
その名は愛か、呪いか、それとも憎しみか。
そんなことなど欠片も興味のない顔で、微笑みながらもユニコーンはセレイガを捕らえたままだ。
彼女が憎らしい。あんな言葉に、彼女は重苦しい価値などきっと置いてはいない。しかしそんな一言が、たやすくセレイガを縛り付ける。
彼女は薄情な風。
いつか気付くだろう。
彼女の特に意味も無い一言が、セレイガを重く激しく縛り付けていたことに。
そしてその分だけ、彼女もセレイガに縛り付けられているということに。
もう一度チカリと、歌うように聖痕が強く輝いた。




