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4-2

 

「何を格好を付けてるんですか? ありがとうございます、靴を履かせてくださって。でも、私はユニコーンじゃありません」

「君は俺のユニコーンだ。それは君が断っても、変えられない」


 立ち上がって、腰の下に敷いていたセレイガの上着を渡しながら首を傾げる。

「でも今だって、偶々私にばれなかったら、ずっと黙ってるつもりだったんですよね?」


 セレイガは上着を受け取ると、真っ直ぐ立川を見つめた。

 自分は誠実だとでも言う目をしやがって。

 立川はにっこりと笑った。


「まずは、謝罪してください。私にこれまでたくさん迷惑をかけたことを。誓いを、約束を少しも守らなかったことを。大切なことを私に言わずに、ずっと隠していたことを。誓約なんかよりも、謝罪が先じゃないですかー? 結局セレイガさん、自分のしたことは私に謝ってませんよねー」

 サルシュの行いを詫びるよりも先に、セレイガ自身の行動を謝って欲しい。千回でも一万回でも、土下座してくれなければ。


 セレイガは一瞬止まると、立ち上がった。


「立川君、すまなかった」

 セレイガは深く一度頭を下げると、顔を上げて立川を見た。




「そんなので済む訳無いでしょう!」

 立川は絶叫した。


「そんなので済む訳無いでしょう。あなたが、あなたが今まで!」


 ぱちんっ――。



 立川は叫んで思いっきり、セレイガの頭を平手で殴った。セレイガはきょとんとした顔で立川を見て、彼女は顔を歪めてもう一度殴った。


「私が、今まで」

 殴った立川の手のほうが痛んだ。


 右手の手首を左手でぎゅっと掴んだ。掌はじんじんするし、思い切り動かしたせいで手首がおかしい。なのにセレイガは少しも痛そうではない。


 立川は、踵を返して浮き魚に駆け寄ると、リュックサックを担いで戻った。


「私だってセレイガさんなんて大嫌いです。全部、全部あなたのせいなのに。全部あなたのせいなのに!」


 立川は叫んで、リュックを振って中身を全て地面に投げ出した。荷物を漁ってタオルを取り出し、セレイガに投げつけた。


 思い切り投げつける。こんなものをぶつけても、痛くも痒くもないだろう。投げる立川の腕の方が、変に力が入って痛む。

「私のせいじゃないのに。全部セレイガさんのせいなのに、どうして平然としてるんですか。何を澄ました顔してるんですか」


 筆箱を開けて、中身の鉛筆を掴んで投げ付けた。セレイガはそれをひょいひょい受け止めていく。立川の投げ方が下手なせいもあるが、セレイガの動体視力も素晴らしく、回転してあちこちへ飛ぶ鉛筆を軽々と掴む。


「そんなので済む訳無いでしょう。土下座しなさい、慰謝料寄越しなさい。謝れ! あやまれー!!」

 リュックサックを探って、空の弁当箱を投げ付けた。地図を投げ付けて、おやつを投げて、『宝探し』の宝も投げる。


「すまなかった。慰謝料も払おう」


 パテリュク王朝の関係者は、誰もかれもが立川が悪いみたいに話している。立川がセレイガを誑かした? セレイガは、初対面であんな妙な儀式をしたというのに、どうしたら立川に防げたというのだろう。教師たちも、少しも親身に庇ってくれはしない。どちらにも悪いところはあって、喧嘩両成敗という見方をする。


「慰謝料は土下座の、後だって言うんです! セレイガさんが悪いってことを、ちゃんと認めてからでしょう。交渉も相談も、言い訳も全部」


 地面に落ちていた救急箱を開いて漁る。立川は消毒液を投げ付けた。

「それとも、私が悪いって言うんですか? 私は何も悪くないのに? 私は何も悪くないのに!」


「すまなかった、立川君。本当に、すまなかった」

 結局この男は、本気で悪いなんてかけらも思っていなかったのだ。でなければこれまで、そんなに大切な事実を黙っているはずがない。


 立川が本当に、ユニコーンだなんて、そんな本質的な事実を黙っているはずがないのだ。

 立川はぜいぜい息を吐いた。叫びすぎて喉が痛む。



 痛いのは嫌だ。怪我なんてしたくない、襲われるのは、とても怖い。傷付けられるのは、いつだって恐ろしい。

 だけど、怯えて逃げているわけにはいかない。だって、悔しい。黙って引き下がりたくない。仕返しもしたい。それに、お金だって欲しい。


 傷付けられたまま引き下がっていることなど、立川はしない。だけど、傷付けられるのは、本当はとても怖いのだ。


 目から、涙が出てきた。


 救急箱の中を漁る。包帯を投げ付け、毒々しい緑色の薬の入った瓶を投げる。蓋を閉めて救急箱ごと投げ付けても、セレイガは器用にそれを受け止めた。救急箱なんて重いものを投げた、立川の肩のほうが痛む。


 立川は再び浮き魚に駆け寄った。乗り込んで、ペダルを踏み、叫んだ。



「セレイガさん、じっとしていなさい!」



 立川を乗せた浮き魚が真っ直ぐに滑り出す。


 セレイガは身構えた。避けるためではない。浮き魚がセレイガにぶつかっては乗っている立川が怪我をするかもしれないから、浮き魚も受け止めるつもりなのだ。

 立川は目を瞑って思い切りペダルを踏み込んだ。


 ガンッ。


 強い衝撃が腕に響くと共に、シュワーッと暖かい風に立川は包まれる。浮き魚の事故防止装置が作動したのだ。浮き魚の周囲に魔法の風が作動し、二人の周りを包み込んでいるのだ。


 立川は浮き魚の上でバランスを崩し、セレイガは慌てて彼女を抱きとめた。


「離しなさい!」

 立川は叫んで、セレイガの腕の中で体をよじった。


「守ってくれるって言ったくせに。私がユニコーンだって言うのなら、呼んだら、来てくれるって言ったくせに!」


 立川は本気でセレイガを轢こうとしたわけではない。浮き魚の事故防止装置のことは分かっていた。立川は、人を傷付けることなど出来ない。直接自分の手で他人に大怪我をさせるかもしれないことなんて、そんな怖いこと彼女にはできないのだ。



「一度も守ってくれたことなんてありませんでした。この、嘘つき。しかもそれに自分で気付いてない、バカ」

 ざくざく氷の魔法で刺されて平然としていたセレイガを、こんなことで傷付けられるとは思っていない。立川はただ、やけになっただけだ。


「すまなかった、立川君、すまなかった。憎んでない」

「何もしなかったくせに。私がユニコーンだって言うのなら、私のために、今まで何一つしなかったくせに」

「立川君、君のことを、恨んでなんかいない」

「守ってくれるって言ったくせに。もう。痛いし」


 言いながら立川は、情けなさにポロポロ涙が出た。ぎゅっと、自分の体を抱きしめる。浮き魚のハンドルから伝わった衝撃で、肩が痛んだ。


 セレイガを殴った右の手首で、更におかしな物を投げまくっていたせいで、手首も痛い。興奮していて気付かなかったが、ぶつかった衝撃が致命傷だったのか、どんどん痛い。


「頼まなかったから守らなかったって、何ですか? セレイガさんのせいで迷惑してる私を守るのに、どんな理屈を付けてるんですか。誓約とか、以前の問題ですよね。痛いし。痛いー」

 思った以上に腕が痛む。立川はポロポロ泣いた。


「守ってくれるって言ったくせに、セレイガさんは裏切りました。何もしませんでした。私のために何もしなかった。その上、ずっと騙してた。もう、痛い。痛いしー」


 彼女は傷付いていた。そして傷付けられることは、とてもとても怖いのだ。



「すまない、立川君、すまなかった」


 セレイガは、気付けば立川の周りをうろうろしていた。立川が離れろと言ったせいで立川に触れることができないのだ。謝れと叫んだのも命令になっているかもしれない。ぶつぶつ謝罪しながら、周りでうろうろしている。

 立川は目を瞑ってポロポロと泣いた。情けなかったし、馬鹿らしかったし、体は彼女の自業自得でとても痛い。泣きながら、立川は何がなんだか分からなくなっていた。


 本当は泣きたくなんかない。セレイガの目の前で泣くなんて最悪だし、周りで教師が観察しているかもしれない場所だ。


 大体、どうして泣いているのか立川は自分でも分からない。興奮して涙が出ているのか、痛くて泣いているのか、むかついて泣いているのか。だがこの言い方では、立川がセレイガに守って欲しかったからセレイガを責めて泣いているみたいだ。


 こんな風に泣くなんて、立川は自分自身を許せない。セレイガを責めて泣くなんて。

 セレイガが役立たずなことも、嘘吐きな裏切り者なのも、ただ軽蔑に値するだけで、泣いて責めるようなことではない。


 それで泣くのは、守って欲しかったと思っていたからだ。

 裏切られて、嘘を吐かれて傷付くのは、期待していたからだ。


 立川は立ち上がって、掌で顔を拭った。



 彼女は泣くのが恥ずかしい、傷付くのが恥ずかしい、泣いている自分が許せない。


 立川は待っていたのだ、ずっと。彼女を守ってくれるような誰かを。


 だからこそ、突然現れたセレイガに期待した。どこの誰かも分からない人間でも、心の奥で期待してしまった、だから人違いで誓われたのは失望した。結局少しも守ってくれなくて、軽蔑した、彼を憎んだ。


 憎い。

 彼が憎い。


 それ以上に立川は、自分の弱さが憎い。


 高校生にもなって、よく知りもしない他人に期待して。期待を裏切られて傷付く、自分の弱さが恥ずかしい。



「ごめんなさい、セレイガさん。……ごめんなさい。ただの、八つ当たりでした」


 涙を拭って、顔を上げる。なんてことは無い。立川はセレイガに八つ当たりをしていたのだ。セレイガがあまりにも厚顔で、恥ずかしげも無く立川に謝って見せたので、怒りが爆発した。勿論立川は怒っても仕方が無かったと思う、セレイガが愚かで、嘘つきで、その上厚顔だったのは事実だ。


 謝罪なんて何の役にも立たないことを、やり遂げたというような顔でして見せた。謝罪なんてして当たり前のことだ。結局、自分は何一つ悪くないというような顔で、責任を取って謝罪するという。


 誓約がどうした、呪いがどうした。勝手に実行して、勝手に呪われたのはセレイガだ。そんな事で、セレイガのかけた迷惑は帳消しになったりしない。

「分かってます。セレイガさんのせいじゃない。仕方の無いことだったんですね」

 立川は体操服の袖で顔を拭った。


 憎い、彼が憎い。


 しかし、憎くない。

 セレイガは憎むに値する人間ではない。

 憎むのは自分の弱さだ。

 セレイガは、軽蔑するだけだ。



 例えば立川は、四ツ谷に裏切られれば傷付くだろう、彼女は友人だから。学園に裏切られれば恨むだろう、学園は強大で、それなりに信頼に値する。


 しかしセレイガは、愚かで世間知らずの王子様だ。返済能力の無い人間に借金を貸して返してもらえなくても、笑われるのは貸した側だ。

 彼を信頼したり、少しでも期待した、立川自身の愚かさを恥じる。セレイガを憎んだりしたら、自分が恥ずかしい。彼は、軽蔑するだけだ。


 立川は微笑んだ。


「ごめんなさい、セレイガさん、八つ当たりして。許します、セレイガさんのこと。だから頑張って、二人で呪いを解きましょう」

 八つ当たりをしたのだ。自分の弱さと愚かさへの恥ずかしさを、セレイガに八つ当たりしたのだ。


 立川はにっこりと微笑んだ。セレイガは、唐突に泣き止んだ立川に、呆然としていた。


「君は……、君は」



 セレイガは、立川の足元に、うずくまるように跪いた。


「俺は、嘘をついた。俺は、俺は……憎むよ。俺が何をしても、何をしなくても無関心な、君を憎む。君は俺を、憎んでくれさえしない」



 立川にとってセレイガがそういう存在になったのは、セレイガの行動が選択したことだ。誓約を断った後や、パテリュク王朝が立川に迷惑をかけた時、少しでもセレイガが誠意のある行動をしていれば、彼女の中の評価は違っていたはずだ。


 立川はきょとんと目を見開いて見せた。そしてにっこり笑う。

「そうですか、ごめんなさい、セレイガさん」




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