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破壊者たちの黄昏  作者: 内海むま
第一話 契約
6/15

「おはようございます。ご主人様」

 山辺大尉は屋上に生き残りの生徒の反応を確認した。

 民間人の命を何よりも優先して守る。それは彼の軍人としての義務であり、信念だ。戦場で死ぬのは軍人だけでよい。戦場において、決して猟奇に浸ることのないように、人間としてあくまで最低限のラインを保っておくために、それはとても重要なことだ。

 さて、助けるにはまず、何としてもそこへ接近する必要がある。直線上に獲物を掴んで編隊飛行をする蜂の群れ。まずはこれを殲滅する。

 Dフレーム、ベレト。戦闘行動開始。髑髏を模した頭部、その双眸があやしく光った。


 「レオーネ、マニピュレーターをクローに換装」

 《了解》


 AS『レオーネ』の音声がコックピットに響く。

 ベレトのマニピュレーターが内部に引っ込み、鋭利なナイフのようなかぎ爪が三本、円周上に配置された戦闘用のクローに換装された。


 「さぁ……行くぞ!!」


 引き絞られた矢のように、ベレトはまっすぐ蜂の群れに突っ込んでいった。蜂たちはそれに気づき、迎撃体制。

 目視で敵の群れを確認する。ベレトと同じくらいの大きさの蜂が6体。あとすべて小型。無数にいる。小型といっても人間の大きさほどはあるが。

 小型には目もくれず、ベレトは先頭にいた大型の蜂、その頭部を右手のクローで掴む。

 

 「まず一匹目」

 

 そのまま回転しながら振り回す。巻き込まれ、小型の蜂が数体散った。遠心力を利用し、もう一体の大型に向け至近距離から投擲。大型二体。それぞれ頭部と腹部を潰されて落下。

 

 「二!」

 《敵、散開します》

 「遅い!」

 

 群れが散る。しかし、機動力ではベレトが圧倒していた。右手、クローが指先を揃えたまま回転。ドリルのように三体目の大型蜂の腹部を掘削。

 

 「三!」

 

 回転を停止、左手で頭部をもぎ取る。直後、上空から四体目が強襲。尾の針をつき立てんと垂直落下。ベレトは回避行動を取らず、左腕を振り上げる。背部スラスターが噴射。左手クローが回転。真っ向から打ち合う。

 四体目は縦に真っ二つに裂けて落ちた。


 「四!」


 ベレト、空中で静止。残った大型二体、ベレトから距離をとり、逃走。


 「逃さん!」


 山辺は奇妙な高揚感で包まれていた。機体テストでもこういった戦闘機動は行っていたが、それもほんのわずかな間のこと。こんな風に気分が高まったことはなかった。今なら何でもできる。山辺はそう確信した。例え数少なくとも、現時点で生き残っている民間人はすべて救う。それが当たり前のようにできる。彼はそう硬く信じていた。

 上空。屋上の真上。大型二体に追いついたベレト、両腕を振り、その先をそれぞれ大型の蜂に向ける。

 山辺大尉、操縦桿を目いっぱい、引き絞る。


 ――食らえ!!


 引いた操縦桿を、再び目一杯前へ押し出す。

 ベレトの両腕、ひじ関節から先が切り離され、射出。ロケットパンチさながらに撃ちだされた二本のクローが、敵の頭部を同時に撃ちぬいた。


 ――五、六


 大型の排除を完了。射出されたクローは繋がれていたチェーンによって引き戻され、元の位置に収まった。

 山辺大尉、今度は左の操縦桿を引く。機体が回転し、逃走を図る小型の群れを目視。

 全周囲モニターにロックオンサイトが表示される。近い蜂から順に、マルチロック。ほぼ一瞬ですべての蜂に照準があう。確認したのち、山辺は左操縦桿のスイッチを押した。

 放たれる幾本もの白銀の糸。無数のホーミングレーザー。ベレトの肩にある発射機構から撃ちだされたそれは、弧を描き、ロックしたすべての蜂を残らず貫いた。


 ――やったぞ!


 大尉は笑う。

 

 ――やった!


 『予想よりも長持ちしましたが、大尉。ここまでのようですね』


 通信機から朝月霧江の声。なにがここまでなものか。

 

 『さようなら大尉。ご冥福を祈ります』


 ――あの女は何を言っているのだ。意味が解らない。ええい構うな。レオーネ、生存者の確保だ!


 《…ッツ……ツ》


 ――なんだ!?どうしたというのだ!


 ここにきて、大尉ははじめて自分の声が出ていないことに気づいた。


 ――こ、これは……!そんな……!!


 大尉は気づいた。自分の体が軽くなりすぎていることに。

 

 ――駄目だ。私は、助けなければ。救わなければ。子供たちが、私の、たすけを――!!



◆◆◆


 いったん校舎に入ると決めたものの、それが正しいかどうか、零一は判断を迷っていた。

 走って、とにかく校舎の中に入る。それからどこか見つかりにくい場所に隠れて、静かに助けを待つ。だが、その方法は確実に生き残れるか?走る途中で見つかった場合、どうやって撒く?恐らく移動速度は向こうが上。巨大な個体も居る。まず逃げ切れない。

 零一は真っ直ぐ、階段へ通じるドアを見据えていた。遠い。なんて遠さだ。50メートルとはこんなに長い距離だったのか。一番奥にある木陰のベンチにいたお陰で、今まで発見されなかったが、いざ校舎に入るとなると、ここで昼寝をしたのが仇となったように思える。

 このままここでじっと助けを待つ方が得策だろうか。息を殺し気配を殺し、微動だにせず、黙っていれば、あるいは。だが、もし見つかってしまったら、こんな開けた場所で、逃げる場所も限られているというのに。彼は迷う。こうしている間にも、時間は刻々と過ぎてゆく。その時である、上空で爆音が響いたのは。


 「な、なんだ!?」


 灰色の何かが、巨大な個体を何匹も撃墜してゆく。

 助けがきた!零一の心は舞い上がりそうになる。良かった、これで敵に見つかる危険をわざわざ冒す必要はなくなった。じっとして待っていればいずれ助けてくれる。これで大丈夫だ。

 そもそもあれは何かという疑問は浮かばなかった。その灰色をした希望の出現に、ただただ助かったという安堵がその疑問を塗りつぶす。しかしそれも一瞬のことだった。肩から無数のレーザーを撃ち、何匹もの小型を焼き尽くしたところで、その機体は空中に静止。そして、希望は叩き潰された。


 「うわあああああああああああああっ!!」


 零一はとっさに真横へと跳躍した。灰色の機体は、彼をを蜂たちの複眼から覆い隠していた樹、丁度その真上から落ちてくる、樹は、その重量で無残にも潰されてしまった。


◆◆◆

 朝月霧江が彼を見つけたのは偶然だった。

 山辺大尉は著しい戦闘機動によってDフレームの(コア)に魔力が枯渇するまで吸い上げられ、死んだ。マスターを失ったDフレームは、動力源を失い、落下する。その落下地点に彼はいた。

 霧江は、ベレトが落ちるほんの数秒前に、それが落下するだろうと大体あたりをつけた場所を、ふと、見た。

 そしてそこで、彼女は一人の学生が屋上に植えられている樹のそばに居るのを見つけたのである。


 「……」


 だが、この瞬間の彼女には、彼を助ける気はまったくなかった。落下するベレトに潰されるか、でなければ勝手に生き残るだろう。一瞬のうちにそう判断して霧江は彼の存在を意識の外へ追いやった。山辺大尉が民間人の命を何よりも優先するように、彼女は怪獣の命を何よりも優先する。違うのは命を生かすために行動するか、殺すために行動するか。ただそれだけである。

 だから、いざベレトが落下しても、彼女は見向きもしなかった。人の死から目を背けたのではなく、単にこれ以上見ていても時間の無駄だからという理由で。

 だから、


 《ベレト落下地点の付近で強力な魔導力反応を確認》


 エリスのこの言葉がなければ、彼らは決して出会うことはなかっただろう。


◆◆◆

 「危なかった……」


 零一は仰向けになって半身を起こす。彼の足元すぐそこに、その機体の鉤爪のような形をした巨大な手があった。彼は灰色の機体が落下してくる寸前ある魔術を発動し、その結果傷一つ負わなかった。魔術の名は『身体能力強化』それは彼が唯一使用できる魔術だった。

 彼は改めてその機体を間近で見る。だいたい20メートルはあろうかというその巨体は彼に右手を向ける格好でうつ伏せに横たわっていた。灰色に光る金属でできた外装、頭部はまるで髑髏のよう。

 潰れた樹やベンチがクッションになっているのか、胸部は屋上の地面に接していない。屈めば入れそうな隙間が開いていて、様子をうかがうことが出来た。そこにはハッチのようなものがあった。

 バチン、と。突然そのハッチが上下に開く。そこからドサ、と、人が落ちていた。

 

 「あっ」


 とっさに隙間に入り込んで、その人のそばへ寄る。だが、一目見てもうだめだと悟った。その人の顔は真っ青だった。体はひどく冷たく、当然脈もない。だが遺体をこのままにもしておけないだろう。いつ支えを失い、機体に潰されるか解らない。零一はその人の遺体を引いて機体の下から出ようとして、

 ひどく場違いな声を聞いた。


 《おはようございます。ご主人様》

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