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破壊者たちの黄昏  作者: 内海むま
第一話 契約
5/15

「いくらうお座最下位って言っても、これはないだろ」

 『はーい。そして今日の12位は、うお座のアナタですね。今日は何をやってもうまくいきません。一日中何もしないでずっと家にいたほうがいいかもしれませんね。あとちょっとしたミスに注意しましょう』

 

 登校直前、朝のバラエティ番組の最後にあるその星占いを見てしまったのが悪かったのか、見なくても同じだったのかはわからないが、彼にとってその日は朝から最悪だった。

 目覚ましが鳴らず遅刻しそうになり、登校途中でガムを踏み、財布を忘れて昼食を買えなかった。おまけに何もない場所で3回もこけた。

 

 「ああ、やっぱ何もしないほうがいいな、うん。」


 少年、夕陽零一は本を一冊借りて、図書室を出た。

 本当は図書室で午後のテスト勉強をするつもりだったが、本を探すときに盛大にずっこけた挙句、見つけた直後、風邪を引いてるわけでもないのに盛大にくしゃみをしてしまった。さすがに居た堪れなくなり、本は借りてさっさと他へ行くことにしたのである。


 「もう、ここでいいか。はぁ……」


 そんなわけで、零一は屋上に出た。

 昼食抜きでとにかく腹が減っていたので、教室にいて他の生徒の弁当やパンのにおいを嗅ぐのに耐えられなかったし、グラウンドで運動なんてする気にもなれなかった。『なにをやってもうまくいかない』なら、何もしないに限る。きっと、この後のテストもうまくいかない。なら勉強もするだけ無駄だろう。借りた本で、あとで復習をすれば良いだけの話だ。

 睡蓮高校の屋上は普通の高校とはかなり違って、積極的に解放されている。そこにはベンチや、観葉植物。ちょっとした噴水や樹まで植えてあって、生徒だけでなく教職員もよく利用する憩いの場となっている。

 しかし、今日みたいに暑い日や、冬場の寒い日になると誰も利用しなかった。屋上なんかよりエアコンのある教室のほうが圧倒的に過ごしやすいのは自明の理だろう。だから、今日も屋上には誰もいなかった。

 零一は一番奥にあるベンチに寝転がった。ここは樹の陰になっていて比較的涼しい。あくまで他のベンチと比較しての話だが。ともかく、チャイムが鳴るまでここで寝よう、と零一は瞼を閉じた。

 

 (もしかしてこの後寝過ごすパターンか?ま、いいや。どうせ今日は何やってもうまくいかないんだし……期末で取りかえせばいけるだろ)


 そういえば、と彼は今朝の占いの続きを思い出した。


 『今日一日はね、一位のさそり座の人と一緒に過ごしましょう。もしかしたらあなたの人生を変えるようなラッキーが訪れるかもね』


 なんとも胡散臭いその占い師の言葉だが、悪い事が当たるならば良いこともあたるのかもしれない。さそり座の奴なんて知り合いに居たっけな、そんなことを考えながら、彼は浅い眠りに落ちていった。



◆◆◆

 まったく、とんでもないことになったなと朝月霧江は思った。

 ベレトの訓練が行われている訓練施設は、先日ある漁港を襲った怪獣『クラーケン』を撃退した場所にほど近く、研究主任の見解では近いうちに近くにある別の漁港、あるいは漁船を襲う可能性が高い。ということだった。

 だからこそ、山辺大尉による機体テストをここで行った。当初の計画では、突如出現したクラーケンが漁港、あるいは漁船を襲撃。()()()()()()D()()()()()()()()()()()()()()ため、大尉に出撃を依頼し、()()()()()()()()()()タイミングで霧江達が出撃し、被害をできるだけ最小限にとどめる。これによってDフレームを軍で運用しようという計画を叩き潰すと同時、政府に()()()()に関する交渉を有利に働かせる材料にするはずだった。

 ならずっと待機していなくとも大尉が出撃した時点でこちらも出撃準備を始めれば良いのではないかと思われるかもしれないが、おおよその見解では大尉はクラーケンにほぼ瞬殺されるだろうと予想されていた。これは山辺大尉の生死を含め、被害をできるだけ最小限にとどめるための苦肉の策なのである。

 だが、状況は急変した。

 正体不明の怪獣が魔法学校を急襲するという、完全に予想外の出来事が起こってしまったのである。

 

 「本当に怪獣なのか?ただデカいだけの魔物や魔獣の間違いじゃあないだろうね?」

 『軍から正式な協力要請を受理しています。現場からの報告によると、退魔結界を含めたあらゆる魔術的攻撃はまったく効果がないそうです』


 霧江の問いに、通信機からDフレーム『ガアプ』の搭乗者(マスター)、『早瀬ユウ』の抑揚のない声が返ってくる。

 ため息をついて、ディスプレイに表示されている報告データに目を通した。


 「蜂の怪獣か。いやな予感しかしないな」


 霧江は先ほど見た夢の内容を思い返していた。あんな場面実際に見たことなどあるはずもないし、ただの夢であることは間違いないのだろうが、あんな夢を見たのがただの偶然とであるも思えない。もしも夢で見たような、あの大怪獣の影を背負う怪獣が現れたのだとしたら、ロクな結果にならないであろうことは明白だった。何しろそんな怪獣に対して、爆弾を抱えてゆく羽目になったのだから。

 ちらりと、全周囲モニター後方を見やる。そして出撃前のやり取りを思い出してまたため息をついた。

 所長は計画の変更を持ち出してきた。クラーケンが現れない以上、その怪獣に山辺大尉をぶつけるしかないというのだ。計画の修正案はすぐに出てきた。蜂の怪獣に対し朝月機、早瀬機が早急に出撃、山辺大尉に協力を依頼し、3機で対処することになった。 

 まったく冗談ではない、と霧江は思う。自分とガアプの2機だけで出撃()るほうが数倍マシだった。ベレトは優秀な新型機で、山辺大尉も優秀な軍人だ。だが霧江は彼が戦力になるとは微塵も思っていなかった。少しでも戦力になるならそもそも当初の計画は、案すら出てこなかっただろう。

 良かったことといえば、もう大尉の生死については憂慮しなくても良くなったことだけか。


 《ポイントに到達。自動高速飛行、解除します》


 エリスの声。機体が空中で静止する。眼下には私立睡蓮高校。


 「ユウ、周辺の状況は?」

 『軍による避難誘導が続いています。学校周囲1㌔圏内は避難完了、人払いの結界、展開済みです。マスコミ、および民間人に目撃される心配はありません』

 「よし、こっちはステルスモード解除する。ユウ、相手がハチなら巣があるはず。逃げる個体を追跡し、巣の位置を特定せよ」

 『了解』

 「大尉は私とともに敵の殲滅に当たってください」

 『失礼ながら、朝月君』


 通信機から、山辺大尉の声が返ってきた。


 『どうやら生徒の生き残りがいるようだ。私は彼らの救出を優先すべきだと思うのだが――』


 霧江は通信機のスイッチを切り、盛大にため息をついたあと、もう一度オンにした。


 「大尉がそうしたければどうぞ、ご随意に。しかしながら我々は軍人ではありませんから民間人を守る義務も義理も必要もありません。こちらの助けは期待しないでください」

 『了解した。私は軍人としての義務を果たす。君らも君らの義務を果たしてくれ』


 霧江の嫌味たっぷりな言葉に、大尉は文句一つ織り交ぜず言葉を返し、通信を切った。


 「やれやれ、これだから軍人は……」


 霧江は操縦桿を握る。大尉のことはもう気にしなくていいだろう。


 「戦闘行動、開始――!」


◆◆◆

 ぶん。ぶん。ぶん

 長井零一は夢の中にいた。トラウマになりそうな、最悪な夢だった。

 蜂の群れに追われる夢。無数の羽音が迫ってくる。遠くからサイレンの音が響いている。

 背筋の凍るような音、聞いているだけで吐きそうになる嫌な音、それを聞きながら走った。走って、走って。それでもまだ追いかけてくる。


 「助けてくれ!」


 叫んだが羽音にかき消された。

 逃げるしかなかった。どこを走っているのかもわからぬまま。「もうだめだ!」足がもつれそうだった。

 だめだ、転ぶ。そう思った瞬間、彼は眠っていたベンチから転げ落ち、目を覚ました。


 「いてて……」


 頭を抑えながら零一は体を起こす。まったく、いやな夢を見たもんだ――


 「ってアレ?」


 まだ夢を見ているのかと零一は頭を振る。だが、消えない。夢の中で響いていたサイレンと羽音がまだ続いている。寝ぼけた頭がさえて来るにつれ次第に妙なにおいまでしてくるようになった。ひどく血生臭いいやな匂い。

 そしてふと上を見ると、巨大なスズメバチの群れが学校の制服を着た獲物を運んで飛んでいた。


 「……え?」


 まだ夢を見ている、というわけではなさそうだ。頭は妙にはっきりとしている。ともかく、間違いなく良くないことがおきている。彼は気づかれないようにゆっくり移動し、樹の影に隠れた。


 「いや、いくらうお座最下位って言っても、これはないだろー……」


 魔物が人間のコミュニティを襲うなんて、常識で考えれば有り得ないことだ。とんでもない事件に巻き込まれてしまった。いやそもそも、あれは、本当に魔物か?

 しかし今はそんなことを考えている状況ではないだろう。ずっとここに隠れていてやり過ごせはしまい。このままではいずれ見つかり、()()なるのは目に見えている。


 「……考えてみりゃ、俺よりあいつらのがよっぽど不幸か」

 

 連れて行かれる生徒たちを見る。いや、生徒だったものと言うべきか。あれはおそらくもう生きてはいないだろう。まったく、陰鬱な気分にさせてくれる。

 こんな状況下で零一はいたって冷静だった。彼はそういう男だった。知り合いだったかもしれない人間が大勢死んでいると言うのに、どこか冷めた目で状況を見ていた。

 ふと、ひときわ大きなハチがショートヘアーの女の子ともう一人男子生徒を掴んで運んでいるのが見えた。あれはどう見ても、零一が見知った顔だった。


 「……っ!」


 流石に、彼らの名を叫びそうになるが、ぐっとこらえた。つかまっている以上、もう手遅れだろう。零一は歯噛みし、頭を振って。頭を切り替えた。とにかくここから逃げて、自分だけでも生き残らなければならない。屋上は危険だ。下に下りるための階段を見据える。


 「良平……芽衣……生き残るぞ俺は」

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