「……どっちなのよ」
ラジオというメディアは、テレビの登場によって確かに衰退した。
しかし、その需要は未だにあり続ける。ラジオが本格的に必要とされなくなる時代は恐らく当分の間来ないだろう。
画面を見なければ何をやっているかわかりにくいテレビとは違い、ラジオは、音声のみのメディアであるということを最大限に生かした使い方をされる。映像がない、ということはただの差異であり、劣化しているわけでは決してないのだ。
たとえば勉強中の学生がそれを聞きながら計算式を解いたり、床屋でBGMがわりに流したり、車を運転しながらニュースを聞いたり、まだまだ需要はある。もちろん、暇つぶしに使うのだって十分アリだ。
ディスプレイの光だけが照らす、薄暗く、狭い空間。少女は椅子に深く腰掛け、ラジオのチューニングを合わせはじめた。
『……おはようございます。朝のヒットステイション。お相手はシンジでお送りいたします』
音楽番組
『……このまな板がね、とにかく凄いんですよ。なんと切った食材が……』
通信販売
『……蜂には穴の中に巣を作る種も数多く存在し…』
教養番組
『……なんでそうなんねん!あほかお前』『アハハハハハ』
トーク番組
『……所施設での事故により、大規模な停電が…』
ニュース
『……ざんねーん。今日の12位は、さそり座のアナタ。今日1日は何もいいことがありません。ずっと家にいたほうがいいかも?あっ、でもあなたの意思に関係なく向こうから不運はやってきちゃうから、やっぱり外に出たほうがいいかも?あれー?どっちー?』
「……どっちなのよ」
少女、朝月霧江は思わずそう呟いた。
『とにかく最悪な一日になるのは間違いなし!。もしお友達に一位のうお座の人がいたら、今日はそのヒトと過ごしたほうがいいかも?きっとアンラッキーパワーを打ち消してくれるはず!』
かちり、とラジオのスイッチを切る。占いを本気で信じはしまいが、さすがに気分が良くはならない。
「ふぅ……」
霧江はため息をつき、背もたれにもたれかかった。
ふと、正面のディスプレイに表示されている時刻を見る。
11:36――あれからもう30分過ぎたのか。もう一度ため息をついて、ディスプレイをタッチ、画面が時計から映像に切り替わった。
「まだ終わらないのか」
霧江は呟くと、ため息をついてまた背もたれに体を預けた。
『出動命令があるまでコックピット内で待機』
そう告げられて、かれこれ30分以上経つ。外の情報は常にディスプレイに表示されるが、見る気はしなかった。見ても見なくても同じだ。彼女の仕事は出撃し、敵を排除すること。その他のことはとりたてて興味がなかった。それが例え、新型の機動兵器のテストだったとしても。
しかし、他にやることもなかったので、彼女は実験の様子を眺めることにした。
ディスプレイに表示されているのは、新型Dフレーム、『ベレト』という機体だ。
今はマニュピレーターのテスト中だろうか、等身大の人形を掴み、その掌に乗せていた。
頭頂高17・5メートル。本体重量30トン。Dフレームの中では軽い部類。
装甲の材質は他と同じくミスリル銀。灰色に輝く巨人だ。
髑髏を模したようなデザインの頭部。シャープなボディ。五本指のマニュピレーターはちゃんと関節があって人間の手とほとんど変わらない。その右手は人形をしっかりと摘んでいた。
この作業はかなり難しく、力が足りないと人形は滑り落ち、また入れすぎると人形に仕込まれたセンサーが反応して警告音を鳴らす。絶妙な力加減が必須だが、パイロットはうまくやっていた。
確か、山辺といったか。霧江はテストパイロットの顔を思い出す。
日本陸軍、山辺明大尉。軍事用RLのエースパイロット。
優秀な男だと、霧江は素直にそう感じた。彼がDフレームに乗るのは今回でまだ3度目。RLとは相当勝手が違うはずだが、すでに細かい作業をこなすまでに至っている。軍の連中が満を持して送り込んできただけの事はある。
「だが、やはり何もわかっていない」
霧江はそう呟くと、もう見るのをやめてしまった。
いくら優秀でも、山辺大尉は普通の人間。普通の魔術師だ。それでは意味がない。もともとこんなテストに意味などない。所長が彼を招いたのは、頭の固いお偉方にわかりやすく説明し、納得してもらうためなのだから。
霧江はディスプレイを再びタッチし、画面を時計表示のみの待機モードに戻す。そのタイミングがくるまでは、今日もここでずっと待ちぼうけだろうか。何度目かのため息をついて、彼女はシートに沈み、目を閉じるのであった。
◆◆◆
奇妙な夢を見た。
暗い青が視界を支配している。
下を見ると、真っ黒で巨大な塊があった。
上を見ると、妙な形をした光の塊がゆらゆらと揺れているのが見える。
――あれは、太陽か。
どうやらここは水中らしい。
しかし、息苦しさも冷たさも感じない。というよりも、視角以外何も感じなかった。まるで眼だけがそこに放り込まれたようだ。
しばらくすると、深度がどんどんと下がってゆくのがわかった。光の塊がどんどん小さくなってゆく。
その代わり、下の塊の形がはっきりと解るようになった。
海底に横たわるその巨大な姿。
――ああ、大怪獣が眠っている。
かつて東京を一夜にして滅ぼし、日本を恐怖の底に叩き込んだ大いなる災厄。
大怪獣、それは確かにそこにいた。
やがて水面から、何かが落ちてくるのが見えた。
泡を吐きながら、どんどんと沈んでゆく、小さなカプセル状の何か。やがて海底に至り、いっそう多くの泡を吐き出し始める。
大怪獣が異変に気づいて目を覚ましたときはもう遅かった。その体は次第に融けはじめ、カタチを失ってゆく。やがて、その大きな骨さえも形を失い、大怪獣は完全に消滅した。
――しかし、その影は残った。
海底に、まるで焼き写されたように残ったその黒い影は、しかし次第に形を崩していった。影でさえも消えてしまうのかと思った矢先、それは小さな幾つもの塊に解れ、弾けるようにして、四方八方へ飛んでいった。
〝私〟の目は、そのうちの一つを追った。影は光のような速さで飛んで、やがてたどり着いた先は、一匹の蜂の影の中だった。
◆◆◆
その時がきたのは、それからおよそ30分後のことだった。
突如コックピット内に警報音が鳴り響く。
「・・・っ!」
目を覚ました霧江は慌てて体を起こす。同時に、倒れていたシートが起き上がり、正面のディスプレイに『待機モード解除』の表示。シートのある部分を少しだけ残して床が消失、変わりに外の光景が床、壁、天井と全周囲に映し出され、薄暗い室内が一気に明るくなる。
足元の床が開き、二つのペダルが出現。更にディスプレイの台座両脇から延びてきた操縦桿が霧江の手元へ。
《おはようございます。待機モード解除、完了しました》
ディスプレイがある台座、その右側には赤い宝石が埋め込まれている。それが点滅し、合成音声を発した。
「……おはようエリス。状況は?」
霧江は時刻を確かめながら、宝石に向けて問いを発した。眠っていた間に大きな動きがあったようだ。格納庫内は慌しく、スタッフが走り回っているのが見える。
その赤い宝石は、人工精霊の核だ。彼女が乗っている機動兵器、Dフレームは人工知能ではなく人工精霊でその制御を行っている。『エリス』とは、霧江が搭乗しているこの機体に搭載されたASの名前だ。
《当初の計画よりも少し悪い方向へ向かっているようです》
AS『エリス』の言葉に、霧江は眉を顰めた。
「……どういう意味?」
そして、エリスがその問いに答えると、霧江は先刻、ラジオで聞いた占いの内容を思い出し、大きなため息をつくのであった。
『大怪獣』が果てし無くアレっぽいのは、
あの超名作へのオマージュでありリスペクトであり、決してパクリではございませんので悪しからず。
今後この大怪獣が本編に直接登場することはありませんので、どうかご容赦ください。
ではまた次回。