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破壊者たちの黄昏  作者: 内海むま
第二話 朝と夕
14/15

「ため息をつきたいのは俺の方なんだが」

 睡蓮高校の寄宿舎は、東南九条駅-1番出口を出たすぐ近くにある。この寄宿舎、主に人間界からくる学生を対象としたものであるが、交通の便利さや近くに繁華街があることから人気は高く、魔法界出身の学生も多くが利用している。

 ここ数日はマスコミが押し寄せて来ていたのだが、今日は静かだった。

 零一は急いで5階にある自分の部屋に戻ると、窓際の椅子に深く腰掛けた。そして、再び手に持っていた封筒をじっと見つめていた。


 迷う理由はないはずだった。『自分ではなくともいい』と言われてまで、命がけの仕事を選ぶ理由など無い。

 しかし、どうしてか、すぐに『NO』と返せなかった自分がいた。

 親友の死に見切りをつけた人間が、たった数回言葉を交わしただけの、『消耗品』とまで呼ばれた小さな存在に、心を動かされているとでもいうのか。


 「人工精霊かぁ……そういえば……」


 学校の、確か精霊術の授業で少し触れていたはずだ。零一は机の上に積み重なっている教科書の山から一冊の本を取り出し、ページをぱらぱらとめくる。あった。精霊使役に関する項目。基本的には専門外なのか、数行しか書かれていないが、たしかに記述がある。

 人工精霊とは自律調整した使役霊を作成する技法で、既存の精霊使役術とは異なる系統にあり、使い魔を創造、使役するファミリア・マジックの部類に入るらしい。

 その作成方法は、この地球に満ちている、地球そのものが持つ巨大な魔力。即ち『マナ』からその一部を切り離し、そこに人間が思念や感情を注入して作成する、とあった。

 使い魔魔術は睡蓮高校では精霊術との選択科目であり。零一は教科書を持っていなかったためそれ以上のことはわからない。

 しかし、あれがただのAIとは違って、ちゃんと思念や感情を持っていることは解った。

 ふと、右手のひらを見る。正三角形をあしらった紋章。契約の証。霧江は『契約できるのは一生に一回だけ』といったか。それはきっとあの小さな思念体には特別なことだったはずだ。

 『ご主人さま』と呼ぶ声が、どこかから聞こえた気がした。


 「ああ、くそっ!これじゃノイローゼだ!」


 零一はかぶりを振る。今考えるのはよそう。今日はいろいろ聞かされて、頭の中が混沌としている。一度思考を切り替えて冷静になるべきだ。

 教科書を閉じて机の上に放り出し、切り替えて、彼はあの茶封筒の中身を見ることにした。

 封筒はかなり分厚く、B5の大きさで三つ折りにされた書類が何枚も重なっている。

 

 「うへー、これまた難しいことばっかだな」


 書類に目を通してみるが、なかなか最後まで読む気にはなれなかった。無造作に机の上においてゆく。ふと、紙の束の中に縦長の小さな紙切れが入っていることに気づいた。


 「これって、もしかして小切手ってやつか?そういえば報酬がどうとか言ってたっけ」


 それは確かに小切手と書かれていた。そこには金額と、振出し日、振出人もしっかり記載されていて、どうやらちゃんとしたもののようだ。ちなみに振出し日は昨日、2010年7月20日。振出人は『倉元魔導力研究所 所長 倉元正巳』と書かれている。


 「で、金額は……いち、じゅう、ひゃく、せん、まん、じゅうまん、ひゃ……」


 あわてて、もう一度桁を数えなおす。


 「さ、三百万……か……!」


 ごくり、と零一は唾を飲んだ。

 命を賭けたことへの対価としては少ないと感じる人がいるかもしれないが、未だ高校二年である零一にとっては十分すぎる大金であった。

 

 「ええと、小切手って、どうやって使うんだ?」


 しばらく考えたのち、零一は机の上に無造作に置いてったノートPCの電源を入れ、インターネットにつないだ。


◆◆◆

 倉元魔導力研究所、所長室。がっしりとした体格の男が所長の席についていた。白髪をしっかりと染めた黒い髪と、しっかり整えられた髭。彼こそ、倉元魔導力研究所所長、倉元正巳。この世界で初めてDフレームの開発を行った一人である。

 彼は幼少時代を東京で過ごし、そして55年事件をその身をもって体験した。

 断片的な記憶でしかないが、母に手をひかれて、必死に暗い夜道を走っていたことは覚えている。父親は逃げる途中ではぐれてしまい、そして二度と会うことはなかった。

 彼は覚えている。あの大怪獣の恐ろしい雄たけびを。そして大怪獣に殺されていった人々の叫びを。そして彼は求めた。怪獣を、あの恐ろしい存在をこの世から消し去る術を。考えに考え抜いて、ひたすら研究に没頭していると、いつしかロボット工学の権威と言われるようになっていた。

 そして周囲には彼の考えに同調した多くの人間が集まっていた。倉元研究所はこうして生まれた。1980年四月のことである、そして彼ら研究に研究を重ね、ついに2008年11月、この世で唯一怪獣に対抗しうる武器を生み出した。

 そんな彼が今現在、最も頭を悩ませているのは、ある一人の部下のことであった。

 名前は朝月霧江。この研究所()()()から副所長兼パイロットを務める、()()()のメンバーである。


 「お前なぁ。俺は『首に縄をかけてでも連れて来い』って確かに言ったぞ」

 「そうだったかな。覚えていない」


 最古参と聞いて、彼の目の前に座っている彼女を見たとき、きっと多くの人間が何かの間違いか、ただの冗談だと思うだろう。何せ見た目は二十歳(はたち)に至るかどうかという所のただの若い女である。

 別に特殊メイクをしているわけではない。肌の質感は紛れもなく本物のそれである。

 研究所創立から長い月日が流れ、多くの物が変化していった。所長室には創立時のメンバーで撮った記念写真が飾ってある。若かりし頃のモノクロ写真、今ではここを去ってしまった者。自分と同じように老けこんでしまった者。しかし、まだ青さの抜けきっていない若々しい自分の隣に写っている、この女だけは、まるで止まった時間の中で生きているかのようだった。


 「しかも確実に来るか解らないのに二週間待て、だと?代わりのパイロットを見つけたところで、これでは訓練すらままならんじゃないか」

 「まあまあ、そうカッカしなさんな。血圧があがるぞ」

 「ったく……」


 全く、調子が狂う。正巳は気が滅入る思いだった。

 彼はこういう、若者特有のヘラヘラした態度や雰囲気が大嫌いだ。相手が霧江でなければ怒鳴り散らしているところ。たとえそれでショックを受けても周りの人間がしっかりとフォローするよう仕向けてある。だがこの女の場合は、見た目や雰囲気が若くとも研究所創立時からの同期である。年齢でいえば、実はずっと年上なのだ。そして昔からいろいろと世話になってもいる。

 彼女は魔族ではない。妖精でもない。生物学的に分類すればまぎれもなく人間である。ただし、普通の人間と比べてかなり特殊な宿命を背負っている。


 「その少年……零一と言ったか?来るんだろうな、ちゃんと」

 「どうだろうな。私の勘は『来る』と言ってるが、やっぱりあの少年を使うのは心配半分だ」

 「珍しいな。お前が他人の心配をするなんて」

 

 三十年来の付き合いだが、この女が他人を心配したのは本当に数えるほどだ。


 「あの子、リツの特訓をまともに耐えたらしいよ?才能があって、ちゃんと努力も出来る。いい子だろ?」

 「ああ、彼女の元教え子だったな……可哀想に……」


 そう言って、正巳は遠い眼をして窓の外を見る。


 「しかし、なんというか彼はまだ精神的に未熟だ。彼と話してみて感じたよ。環境の急激な変化で現れた新しい自分を、本当に正しい自分かどうか、必死に探っているようだ」

 「若いのだから仕方ない。未熟だからと言って精神的な成長を待っている余裕はないんだよ、我々には彼が必要だ」

 「それは解っているんだけど、なぁ」


 言って、霧江はふーっと大きくため息をつく。


 「ため息をつきたいのは俺の方なんだが」

 「まあまあ。きっと何とかなるよ。もしもの時は私が倍働く。常に出れるようにしておくさ。べリアルのスペックなら、ガアプやアスモデウスがいなくとも単独で何とかなるだろう」


 霧江は椅子から立ち上がり、窓から外を見た。


 「どうせ二週間後に答えは出るんだ。待ってみようじゃないか」


◆◆◆

 55年事件のすぐ後、日本の首都は壊滅した東京から、第二の都市である大阪に移された。

 『大阪府』は『大阪都』と改められ、国会議事堂の建設などの首都としての改革が行われた他、335メートルの新・大阪タワーが建設されるなど、新しい日本の政治・経済の中心として大発展を遂げた。

 しかし光の裏には影がつきものである。

 首都になる前の大阪を知っているかつての大阪()()は言う。『主都なんてものは東京に任せておけばよかった』と。

 発展の裏で、大阪は変わった。急激な都市化は人々の心まで変質させていった。

 急激な人口の増加による、犯罪率の上昇。環境破壊に伴う新たな公害問題。いつしか繁栄も頭打ちになり、出てくるのは負債の山。

 かつての活気はまるで失せ、都民達を無気力が支配している。義理と人情の街は消滅し、今では沈黙と無関心の街。若者は皆標準語を喋り、かつての大阪弁はわずかなイントネーションを残すのみ。

 首都にならなくとも、都市として発展を続ければいつかはこうなっていたのかもしれない。だがそれは受け入れるための時間が確保された緩やかな変化のはずだ。急激な変化によって、都民達の心は歪んでいった。

 おまけに、去年。2009年4月をもって首都は再び東京へと移された。

 かろうじて『大阪都』という名前だけは残ったが、そんなもの殆どの都民にとってはどうでもいいことだった。もはや誰も『都』のままだからと言ってまた反映できるとは思っていないし、『府』に戻ったからと言ってかつてのような街に戻れるわけでもない。

 枯れてしまった街。それがここ、大阪。


 彼、夕陽零一の出身地でもある。


 「おー、なんか懐かしいなぁ」


 零一は久しぶりに人間界の風を感じていた。高校入学の前に一度来たから、実に一年半ぶりだ。彼は両手に大きな紙袋を下げ、道路脇の歩道をひとりで歩いていた。

 魔法使いが結界の外側に出ると、魔物の危険にさらされることになるが、しかし出てすぐに見つかるというわけではない。地域にもよるが、二、三日いるくらいならば全く安全で、その程度ならば魔力省も人間界出身者の帰省を認めている。

 大阪都、荊木市、井坂町。都市から外れた郊外の地。ここには昔の大阪がまだ少し残っている。


 「よし、着いた」


 零一はある施設の前で立ち止まった。『ひまわり園』という看板がかけられたそこは、中学に入るまで彼が育った場所だ。いわゆる孤児院であった。


 「みんな元気かな」


 呟いて、彼は施設の中に入って行った。

地名は全て架空のものとなっておりますー

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