「なんともひねりのない名前だがね」
◆◆◆
「さて、ではそろそろ本題に入ろうか」
零一の生い立ちに関する話が終わると、霧江はコーヒーと一緒に来たタマゴサンドを一口齧った。
「単刀直入に言わせてもらうと、君にまたアレに乗ってほしいのだよ」
「アレって、あの機体ですか」
「そうとも。まさに先日きみが乗ったDフレーム『ベレト』だ。わが組織が保有する最新鋭の戦闘ロボットだよ」
「組織?」
「ああ。と言っても、正式な名称はまだないがね」
言って、もう一口齧り、カップを持ち上げコーヒーを啜る。
「今度の一件で、政府や国連も重い腰を上げ始めて、ようやく体制がまとまってきたところだ。怪獣を退治するためのシステムがようやく形になり始めた」
「怪獣って、あの蜂のことですか?」
「蜂だけじゃないさ。1955年のあの事件から、世界各地で巨大な生物を目撃したり、被害にあったりという事件がぽつぽつと報告されるようになった」
「55年事件……確か大怪獣が一夜にして東京を滅ぼした事件ですよね」
「ああ、君のような若者でもそのくらいは知っているのだな」
「若者って……っていうか、そのくらい教科書に載ってますよ」
零一は霧江の顔を見る。どう見ても自分と同じか、少し年上ぐらいにしか見えないが……。
それに、人間界魔法界問わず、大怪獣のことは歴史の教科書に載っている。戦争と同等に大きな事件だったのだからだからそれも当然だろう。
「そういえば……そうだったな。ともかく、あの事件を皮切りに、この世界に怪獣と呼ばれる巨大生物が出現し始めたのだ」
「何故?」
「原因は諸説ある。各怪獣の出現にはそれぞれ個別の原因があるとする学者もいる。いずれにしろ、何らかの外的な要因を受け、魔物や動物が突然変異を起こして巨大化したものがそう呼ばれる。例の大怪獣は核実験が原因だったらしいが、核以外の何かが原因で怪獣化することもあるようだね」
かちゃり、と霧江はコーヒーのカップを置く。
「と言っても、あの事件以後あらわれた怪獣はまだせいぜい5、6体ってところだ。が、今後はそういった怪獣の出現事件が爆発的に増加することが予想されている」
「お待たせしました。カレーライスのお客様は?」
先ほどのウエイターが、カレーとスパゲティーをトレーに乗せて持ってきた。
「両方私だ。こっちにおいてくれ」
「かしこまりました」
ウエイターは二つの料理を霧江の前に置くと、いつの間にか食べ終わっていたタマゴサンドの皿を下げて「ごゆっくりどうぞ」と言って去って行った。
「それで、だ」
霧江はカレーにスプーンを突っ込んで一口食べてから話を続ける。
「何故そんな予想ができたのかというとだね、それもまた55年事件に関連するところなのだが……君、大怪獣がどうやって死んだかは知っているかね?」
「ええと、確か防衛軍……当時の自衛隊が倒したんだとか」
「ああ、表向きにはそうなっているな」
言葉をいったん切り、もう一口カレーを食べ、コーヒーを啜る。
二次大戦以来、日本の平和憲法はこの国が軍隊を持つことを禁止していた。しかし大怪獣の出現以来、平和憲法は一部改正され、自衛隊は軍隊となり、国の防衛のみを任務とする防衛軍へと変わった。
「当時防衛軍は決死の攻撃を行ったが、当時から極秘裏に開発されていた魔術的兵器をもってしても、大怪獣の体に傷一つ負わせることはできなかった」
「じゃあ、どうやって?」
「大怪獣はある一人の科学者が作り出した、ある化合物によって倒されたのだ。しかし完全に、とはいかなかった」
「まだ生きてるってことですか?」
「いや、大怪獣の息の根は完全に止まったよ。その存在は骨すら残さぬほど分解され消滅した。が、その魔力は残った」
「魔力が?」
「そう。大怪獣も生物だ。生物ということは、つまりその体の中には魔力核があり、魔力を持っている。化合物は大怪獣を物理的に殺すことには成功したが、魔術的には失敗だった。大怪獣の魔力はその影と一体化し、影はバラバラになって世界中に飛び散った。そしてその魔力と似た性質を持っている生物を見つけ出し、憑依した。憑依された生物は、しかしそのほとんどが性質の違う魔力に適合しきれず、あるいは適合できてもその強大さを制御しきれずに死んでいったが、中には絶妙なバランスを保って生き延びたものもいた」
霧江はまたカレーを食べるスプーンをすすめ、何口か食べるとまた話を続けた。
通常ならばいくら似ていたとしても、性質の異なった魔力が魔力回路に流れると、違う血液型を輸血するような致命的なダメージとなる。しかしごく稀に、自身の魔力を変質させ、注入された魔力に合わせることで生き延びる場合がある。
「大怪獣の魔力を得た魔物や生物は、いずれも長い寿命と高い魔力をもつ魔獣へと変貌する。しかし、そのバランスもそう長くは保てない。学者の予想ではだいたい5~60年でバランスが崩壊して魔力的な暴走が起こり、死ぬか、あるいは突然変異を起こすといわれている」
「突然変異……つまり、怪獣になる、ってことですか?」
「その通りだ」
カチリ、と霧江はスプーンを置いた。あっという間に食べ終わって、カレーはもうきれいさっぱりなくなっている。
霧江はカレーの皿を脇によけ、今度はスパゲティーをフォークで巻き取り始めた。
「だが確証はなかった。実際に怪獣の死後に魔力が四散する様子を観測したデータこそ残っているものの、本当にそれが他の生命に憑依したのか、その生命で生き残った者はいたのか、そして最終的に怪獣化が本当に起こるのか、というのはあくまで仮説でしかなかった。しかし、君の学校を襲ったあの蜂が実証してくれたよ。あれは大怪獣と極めて近い魔力紋を持っていた」
「あの蜂達が……」
「他にも、去年出現した『ラドラス』という怪獣も大怪獣の魔力と近い性質をもっていた。ああ。一応、あの蜂の名前は『メガワスプ』に決まったよ。なんともひねりのない名前だがね。私はより怪獣っぽく『メガス』と略そうといったんだが、却下されてしまった。」
そう言ってつまらなそうに麺を口へ運ぶ。
メガ・ワスプ……直訳すると巨大なスズメバチといったところか。確かにあの蜂の体型はまだ愛嬌のあるミツバチやクマバチとは違って、より凶悪そうなスズメバチ寄りだった。確かにひねりはない単純な名前だが、えてしてそういうものなのだろう。『メガス』という略し方もなんだか一昔前のセンスだなと零一は思った。
「まあともかく、その仮説が信用に足る可能性が出てきたことと、現に怪獣の出現頻度が高くなってきていることから、政府も国連も、ようやく重い腰を上げ始めたということさ」
昨年10月に出現した『ラドラス』に続き、今年はつい先日『クラーケン』が出現。そしてほぼ同時期に『メガワスプ』による襲撃事件……一年にも満たぬうち、3種もの怪獣が現れたのだ。大怪獣の出現からせいぜい5、6体しか現れていないという霧江の言葉からも、今がどれほど異常な事態にあるかわかるだろう。
「まぁこちらもしっかりしたデータを用意できなかったし、向こうにも予算だかの都合があったんだろう。今までは怪獣による事件は、パニックを防ぐためと称して自然災害やらなんやらに偽装されてきたが、いい加減それも限界に近くなっていたしね」
「偽装って……そんな簡単にできるものなんですか?怪獣の出現であれだけの被害が出るのに?」
「簡単にはいかないからもうやめることになったのさ。現に怪獣の存在は噂という形で人間界魔法界問わず流れている。君は聞いたことなかったかな?」
「そうですね。友達ともそういう話をあんまりしてこなかったし……」
「そうか……それで、被害についてだが、今まではほぼ未然に防げていたんだ。55年事件のすぐあと、世界各国で、魔法界人間界、公的組織民間組織、同じような事件を危惧し、ありとあらゆる分野のあらゆる組織でその被害を未然に防ぐ研究がなされた。Dフレームもその一環で開発されたものだ。そして、実際に怪獣が出現するとそういった組織が協力して対処するようになった」
フォークをいったん起き、再びコーヒーカップに口をつける。
「今まではそれで充分だったんだがね。しかしあんな被害を出してしまったうえ、出現頻度が高まるとなるとそうも言っていられなくなるのだ。あの厄介な蜂共も、完全に駆除しきれなかった。そう遠くない内、またどこかが襲われるかもしれない」
「でもあの蜂……メガスでしたっけ?そんなに厄介な敵だったんですか?」
零一はあの蜂達との戦いを思い出す。あの時は必死だったが、今思えばかなり楽に勝てていたような気がする。
「それは君がDフレームに乗っていたからさ。あれは怪獣を倒すために作られた機体だ」
霧江はフォークを置いたまま、テーブルに肘を突いて零一をまっすぐ見た。
「怪獣とただのでかい魔物の区別はどうやってつけると思う?」
零一は少しだけ考えて
「……より大きい方、とか?」
と答えた。が、霧江は冷やかな表情で否定する。
「違うね。大怪獣もそうだったように、魔法や通常兵器の類が一切通用しないものを『怪獣』と呼んでいる。そして巨大な魔物はそういう種として生態系の環の中に存在しているが、怪獣は突然変異であり、その環を乱すもの」
霧江はフォークを取り、ビシッと零一の目の前に突き付ける。
「ひいては、地球の生態系を破壊し、この星を滅ぼすこともありうる存在、ということでもある」
「は、はぁ……」
もしかして怒っているのか?と零一は目を丸くすしながら、彼女の浮かべる表情に肝を冷やす。
「彼らを甘く見ないことだ。困るね、これから怪獣をやっつけるロボットのパイロットになろうという人間が彼らを侮っているようでは」
そう言ってフォークを引き、またスパゲティーを食べ始めた。
「って、決定事項ですか!?」
「ともかく、Dフレームには対怪獣において有効なあらゆる特殊兵器を搭載している」
零一の突っ込みを無視し、霧江は話を続ける。
「今のところ唯一、怪獣に対抗できる兵器であると言っていいだろう。まぁ、それを使って戦ったのだから弱いと感じてしまうのも仕方ないかもしれんが」
「唯一……ですか?例の、大怪獣を倒した化合物ってのは?」
「その製法はもはや失われている。それを戦争に使われるのを恐れた科学者が大怪獣を葬り去ると同時に自殺したからね。いまでは資料も残っていない」
「そうなんですか……」
「ともかく、彼らを甘く見てはいけない。メガスは確かに一体一体は弱かったかもしれないが、数が多すぎる。私と君で倒せたのは学校を襲った群れのせいぜい五分の一程度。あとは逃げ帰ったよ」
「たった、それだけ……?」
零一は唖然とした。自分が倒したものはともかく、彼女は相当な数を倒していたはずだ。あの黒い雨のような一撃だけでもかなりの個体が死んでいたはず。それでも学校を襲った群れ、そのたった五分の一だというのか。
「私たちの到着が遅れたせいもある。その時点で半数は既に狩りを終えて逃げ帰っていた。だがそれからもかなりの個体を取り逃がした。連中の厄介さはこれだけじゃない。最初の出現の時、レーダーで全く感知できなかった。連中は突然学校の上空に現れたんだ。そして、あの場には実はもう一機Dフレームがいて、私は巣を突き止めるためにそいつに連中の後を追わせたんだが、やはり突然消えて、見失ってしまった。やはりどこに消えたかレーダーでの感知は不可能だったようだ」
「じゃあ、またあんなことが起きるかもしれないっていうんですか?またあの蜂どもが突然現れて、あんたたちが対処できないまま多くの人間が死ぬかもしれないと」
「その通りだ。ただし、すぐに、ではないだろうな」
「どういうことです?」
零一は眉をひそめる。
「連中は獲物をたっぷり巣へ持ち帰ったから、次の狩りまではおそらく間がある。ということだよ。しかしどれぐらい持つのかはわからない。巣の規模すら把握し切れていないのだ。政府が今になってあわてて動いている理由の一つでもあるよ。今度は何としても未然に防がなければならないからね」
「……」
またあの惨劇が繰り返される。そう思うと零一はひどく陰鬱な気持ちになった。親友の死を悲しむ心こそ今だないものの、あれだけの死者を出した悲劇がそう遠くない内に繰り返されるかもしれないということには、流石に思うところがあったようだ。
しばらく会話が途切れているうちに、ウエイターが最後のカニクリームコロッケを運んできた。
会話が多い文は苦手です……
まぁ文章自体が苦手なんですがね……