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破壊者たちの黄昏  作者: 内海むま
第二話 朝と夕
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「そう上げ足をとるもんじゃないよ」

 中学時代。教師、澤田律子によって夕陽零一は確かに暗闇から解放されたかもしれない。

 だが、彼が魔法を使える人間に対して抱いていた不信感はそれで払拭できたか、というとそうでもなかった。それはその不信感の源が、彼が魔法使いへ抱く劣等感(コンプレックス)にあるからだった。結局彼は、普通に呪文を唱えて魔法を使う。そういうことは出来なかった。

 幼馴染の二人が、その友人たちが、呪文を唱え魔法を使うその様を、彼は隣でずっと見ていた。彼らが物を浮かせたり、火を起こしたりするのを、ただ見ていることしかできなかった。同じようにしたくても、彼には一つのことしかできない。

 結局、何も変わってはいないのだ。周りから認められても、自分自身が認めなければ。

 自分が劣っている。そういう意識が彼の中から消えることはなくて、友人たちと過ごしている間にも、彼はずっと心の中では彼らを羨んでいたのだ。


 ――だからだろうか。


 7月21日午前十時二十一分。

 巨大蜂の群れが私立睡蓮高校を襲撃してから3日経った。全校生徒1521人中、重傷者を含めた生存者はわずか307名。遺体が残った死者は17名。残りはすべて行方不明者とカウントされたが、彼らの生存は絶望視されていた。生徒だけではなく、当時学校にいた教職員、理事、事務員もほとんどが行方不明、あるいは死亡。生き残っていたのは避難した地下シェルターで怯えている生徒達を宥めていた数人のみ。

 魔物の群れが学校を襲う!この事件は魔法界のニュースやワイドショーで連日連夜取り上げられ、世間では大騒ぎになっている。校長、教頭を含めた学校職員ほとんどが死亡、あるいは行方不明になっているため、責任の所在があいまいなまま討論、議論が繰り返された。


 魔法界という言葉があるが、それは次元一つ隔てた異世界というわけではない。そこはしっかりと人間界と地続きになっている。魔法使いたちは、魔法を使えない人間たちから隠れるように、あちこちに大規模な結界を張り、その中に町などのコミュニティを作り生活しており、そのコミュニティすべてを総称して魔法界と呼んでいる。いずれも人間界で使われている地図には載っていないし、普通に歩いてたどり着ける場所でもないが、確かに同じ次元に存在している。

 私立睡蓮高校は国鉄『東南九条駅』の(マイナス)1番出口から出た先にある。一番出口のすぐ西側。普通の人間が見ればただの壁だが、魔力が流れている物にはそこが出口に見える。そこをくぐり、街道を500メートルほど歩くと、睡蓮高校の校門に至る。

 生き残りの一人。唯一地下シェルターの外にいながら生き残った少年。夕陽零一は、校門のすぐ傍に設けられた献花台の前に立っていた。

 彼はあの後病院で目覚めた。校庭で倒れていたところを救助隊に発見されたらしかった。零一は最初、あの出来事は夢なのだと思った。誰もあの悪魔のような機械のことは知らないと言ったからだ。しかし、自分の手の平を見てその考えは変わった。刻まれている三角形の紋章。『アイリ』という人工精霊との契約の証。

 彼はそれをじっと見ながら、そこに立っていた。学校の制服ではなく私服を着て、まるで学校の外の人間のように。つばの長い帽子を深く被り、遠くにあるマスコミのカメラから、顔を隠すように。

 あの惨劇から生き残った生徒の、こんな顔を見せるわけにはいかなかった。泣きすぎて顔が崩れているからではない。彼はそんなことは気にはしない。別に笑っているわけでもない。彼は残酷な男ではないし、気がふれてもいない。

 花を供えたらすぐに立ち去るつもりだったのだが、なかなか動けずにいた。校舎を前にして足が石のように固まってしまった。何故だろうか、理由は自分でもわからない。このままではマスコミがインタビューに来そうだ。それはよろしくないだろう。でももう狙いをつけられていて、去ろうとした瞬間に来るかもしれない。それもまずい。さて、どうしたものか。

 零一が少し悩んで、とにかくつかまらないように走って帰ればいいと結論付けた矢先。


 「やあ、君。驚いたな、もう外に出ているなんて思わなかった」


 背後から、声。振り返るとそこには長い黒髪の女がいた。


 「あなたは……」


 零一はその声に聞き覚えがあった。通信機から何度も聞こえてきた声。忘れもしない冷徹な声。悪魔の乗り手の声。

 腰まで届くような長い髪は手入れが行き届いていて、烏の羽のような色。その顔は端正でかなりの美人だが、その微笑はこの世のものと思えぬ妖しさを秘めている。夏だというのに灰色のロングコートに身を包み、その左手には白い洋花の花束をぶら下げていた。


 「こっちこそ驚きましたよ。まさか献花にでも来たのですか?」

 「ん?別に君と喧嘩しに来たんじゃないよ」

 「つまらない冗談はよしてください。よく花を供えにこれたもんだと言ってるんですよ」

 「えっ」


 目の前の女は零一、献花台、自分の持っている花、と順番に見て、「あっ」と小さくつぶやいた。


 「あ?」


 まさか素で間違えたのか?零一は口を半開きにし、半分閉じた目で女を見る。

 女は大きく咳払いして、「それがどうしたのだね」と何事もなかったかのように話をつづけ取り繕おうとした。


 「……」

 「……君、そう上げ足をとるもんじゃないよ」

 「まだとってませんけど」

 「取ろうともしなくていい。とにかく、私が献花に来て何か問題でも?まるで私が生徒達を殺した殺人犯みたいな言い方じゃないか」

 「そうは言ってませんよ。ただ……」


 零一は校舎へ目を向ける。あの日の最後の記憶。黒い機体が放った黒い雨。その傷跡は今もなお残っている。


 「最後のアレのことかね?」


 零一は再び女を見やる。彼女は不敵な笑みをその顔にたたえている。


 「なら君の早合点だよ。あの時点で地下シェルターの外にいた者達は皆死亡していた。生きた人間の反応は君しかなかったよ」

 「じゃあ、あの機体のコックピットにいた男については?あんたは一人見殺しにしてるんだ。信用できるわけがないですよ」

 「大尉には諸々の犠牲になってもらった。今君に話しても解って貰えないだろう。そもそも、私は生徒たちを助けるためにここに来たわけじゃないからね。見殺しには当然する。するが、自分から手を下すようなことはしないよ」

 「……どうだか」

 「まぁ、私が何を言っても信用できないだろう」


 そう言って、女は献花台に花束を無造作に置き、台に向かって黙祷する。

 その姿は確かに死者を悼んでいるように見えたが、しかし零一は彼女を信用する気になれなかった。


 「まぁ私のことはいいじゃないか。それよりも君、普通ならショックでしばらく部屋に籠っていたり、精神科のお世話になりっぱなしになるいくらいの出来事だと思うんだが、割と平気そうじゃないか。君のクラスメイトもほとんど亡くなられているんだろう」

 「平気なもんか。そりゃショックですよ」

 「どうかな?そんな顔をしているように見えないが」

 「……」


 ああ、いちいち悩まずにさっさと立ち去っておけばよかったんだと零一は後悔する。マスコミに見られるのが嫌だったんじゃない。誰かに見られるのが嫌だったんだ。

 彼は泣いてはいない。

 ただし悲しんでも怒ってもいない。やはり笑ってすらいない。

 無表情。それが彼の浮かべていた顔だった。

 彼はただ理解していた。死者は戻ってこないことを。どんなに嘆こうが怒ろうが、死んだものはもう仕方がないのだと。理解して納得して、諦めていた。先程女に向けた感情も怒りではない。ただ女に対する疑念から生まれた偽物の怒り。


 「ショックで表情の浮かべ方を忘れてしまった、とかそういうのかね?ならいい精神科を紹介してやろう」

 「要りませんよ。昔からこうなんだ、俺は」

 

 いい加減この女と会話するのが嫌になった零一は、とにかくさっさと帰ろうと彼女に背を向ける。

 

 「おいおい、帰るのか?私に聞きたいことが山ほどあるはずじゃないか君」

 「興味ありませんね」

 

 そう言って、零一はすたすたと歩き出す。遠くから撮影していたレポーターがカメラと音声をひきつれてくるのが見えた。構っていられない。とにかくこのまま取材をかわして家に帰ろう。そうしてしばらくはずっと部屋に籠ってやる。この女が言ったように。


 「悪いけど。彼は取材お断りだそうだ」


 ――!?


 背を向けて歩き出したはずが、いつの間にか女は目の前にいて、レポーターと会話していた。思わず立ち止っているうちに、レポーターたちは諦めたようにもとの場所へ帰ってゆく。


 「君に興味がなくとも、私には話があるのだ、夕陽零一君」


 振り返って、女は言う。


 「名乗り遅れたな。私は朝月霧江という。さて、ここじゃ何だ。場所を変えようじゃないか」


 いつの間にか、女の顔からは微笑が消えていた。射すくめるような眼差しに、彼は逃げられそうにないと観念した。

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