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Episode:99

「今行くぞ」

 清浄靴――こういう清潔さが求められる場所で靴のまま更に履く靴、とでも言うもの――を履いたファールゾンが、水槽内へと入った。肩から掛けているバッグには、おそらく必要な器具が入っているのだろう。

 水から出るのが怖いようで、僅かに残った羊水に必死に顔を付けているグレイシアを、ファールゾンが抱きあげる。


「!」

 いきなり水から離されて少女が暴れ出した。


「何をしているのです、そんな急にやるものではないでしょう!」

 ただでさえ怯えている幼子を、更に怯えさせてどうするのか。


「え、あ、いや、そういうつもりじゃ……」

「どういうつもりだろうが関係ありません。――グレイシア、大丈夫です。彼に任せて」

 タシュアの声が聞こえたのか、少女が暴れるのを止めた。


「悪かった、すぐ楽になるからちょっとだけ我慢してくれ」

 ファールゾンがすまなそうに――そういう感覚があったことに驚く――謝って、少女をそっと抱きしめた。

 安心したのだろう、グレイシアの身体から緊張が取れる。だが殆ど間をおかず、少女が苦しげに喘ぎ始めた。


「ごめんよ」

 ファールゾンがそう言ってグレイシアをうつぶせにし、背中に乗るようにして強く押した。

 少女が大量の水を吐き出す。今まで飲み込んでいたものだろう。だがそこまでしてもまだ苦しげで、息が出来ているようには見えなかった。


「仕方ないな。もう少し我慢してくれ」

 慌てることなくファールゾンはグレイシアの喉に管を差し込み、反対側を自分の口に当てて吸い、液体を吐き出す。

 何度か繰り返した後、今度は彼は息を吹き込んだ。


「う、あ……」

 か細い声。だが周囲の緊張が緩む。


「毛布をくれ!」

「はい、今!」

 水槽の縁から毛布が投げられて、ファールゾンが受けと――れず、頭にかぶる格好になった。よほど運動神経が悪いらしい。


「まったく毛布くらい――」

 言いかけて、言葉が止まる。


 ――グレイシアの微笑み。

 ファールゾンの様子がよほど可笑しかったのだろう、少女がに笑顔を見せていた。


「まったく、もう少し考えて投げてくれ。落としたら濡れるじゃないか」

 彼は彼で、一応考えていたらしい。微笑みに気付かぬままそんなことを言う。





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