Episode:96
「そこに居て、しばらくの間生きるか。死ぬのを覚悟で出るか、どうしますか?」
少女が真剣な顔でこちらを見上げた。
そしてルーフェイアが口を開く。
「出る、って言ってます。痛くない方が、いいって」
本当にしっかりした子だ。メリットとデメリットを天秤にかけて、きちんと考えている。
「分かりました。なるべく危険のないように検討しますから、しばらく時間をもらえますか?」
こっくりとグレイシアが頷いた。分かったようだ。
「……いい子ですね」
水槽へ手を伸ばしガラスに手を当てと、少女も内側から手を伸ばした。
懇願をたたえた碧い瞳。
「大丈夫ですよ」
そう言ってタシュアは水槽から離れた。
「この子の意思は、このとおりですが」
振り向いて、見ていたファールゾンに言う。
「このとおりって、どのとおりだ?」
「……目の前で今、グレイシアが言ったと思いますが。聞いていなかったのですか?」
「聞いてた。でもグレイシアは何も言ってないぞ」
ため息が出る。
頭が回る連中というのは往々にしてどこかおかしいものだが、ここまでというのは聞いたことがない。
「ですから、グレイシアの言うことをルーフェイアが代弁していたでしょう」
「そうだったのか? 誰も言わないから分からなかった」
本気で頭が痛い。
「えーと、じゃぁ整理するぞ」
「どうぞご自由に」
自分でしてくれると言うなら文句は無い。これ以上説明に付き合わずに済む。
「さっきからアンタが水槽の中に話しかけてたのは、グレイシアになんだな?」
「当然です」
それ以外の、いったい何に見えていたのか。
「で、あの子の答えを、ルーフェイアが代弁していたんだな」
「そう言いましたが」
この男を始末して放りだせたら、ずいぶん気分が良くなりそうだ。
「で、ルーフェイアが言ってた『出たい』ってのが、本当はグレイシアが言ったこと、と」
「その通りです」
やっと何がどうなっているか、把握したらしい。
「正直シュマーの中とは言え、一応研究者を名乗る人間が、これほど理解が遅いとは思いませんでしたよ」
「分からないものを分からないままにしていたら、研究者なんか勤まらないぞ」
本当にこの男、どこまで行っても会話が成り立たない。