Episode:92
「ともかくそういうわけだから、このままじゃ治療は出来ない。グレイス、分かったかい?」
「うん、今は分かってる……」
ルーフェイアがため息交じりに答える。
「で、どうするつもりなのです? まさかこのままと言うわけではないのでしょう?」
タシュアが問うと、ファールゾンが怒ったような顔をした。
「当たり前じゃないか、このまま放置なんて出来るか! 可哀想だろう!」
「――あなたにそのような感情があるとは、思いませんでした」
正直な感想が思わず口をついて出る。
「なんだかひどい事を言ってないか?」
「事実を言ったまでです。お気になさらず」
こんなまともに言葉の通じない相手に、説明するのは面倒だ。
「で、先程の質問ですが。どんな手を?」
「それで困ってるんじゃないか」
ファールゾンが肩をすくめる。
「今の魔法陣を切ったら、この子は生きられない。羊水槽から出せば治療できるが、出した時点でどうなるか見当がつかない。かといってこのままじゃ、だんだん痛みが激しくなって死ぬだけだ」
「なるほど」
予想以上に状況がシビアだ。もうこうなると、どれを選んでも賭けに近い。
だとするなら、基準はひとつだろう。
「この子が一番楽なのは、どれです?」
「楽なの?」
自分としては分かり易く言ったつもりだが、言葉が通じないファールゾンには難しかったようだ。
「研究者と言うのなら、このくらいは理解していただきたいのですがね。――要するに、グレイシアが一番苦しくない方法、ということです」
手取り足取り、何故こんな説明までしなければならないのか。本当にここでは、腹が立つことと疲れることばかりだ。
「どのやり方も一長一短で危険だというのなら、この子が辛い思いをしないのが最優先では?」
「あぁ、それもそうか」
呆れたことにこの男、指摘されて初めて気付いたらしい。
「まったく……幾ら治療でも、患者を苦しませては意味がないでしょうに。まぁ殺人集団のシュマーでは、そんなものは気にしないのが流儀なのでしょうが」
「シュマーは色々やってるぞ? 今の稼ぎの主力は、発明品の販売だし」
「――あとの説明は不要です」
今まで以上の疲れを覚えながら、ファールゾンの話を遮る。こう来るとは思わなかった。
当の本人は、けろりとした顔で何かつぶやいている。