Episode:91
(まぁ、ルーフェイアが逃げて回るくらいですからね……)
ルーフェイアがあからさまに避けて回る人物というのは、意外だがそう多くない。それどころか、すぐに懐いてしまって危険なくらいだ。
だいいちあのカレアナにも何だかんだ言いながら懐いているようだし、ミルドレッドとは仲が良いと言っていいほどだ。
そんな彼女が嫌がるのだから、ファールゾンというのは相当の問題があると見ていい。
それでも状況は少しずつ進んでいるようで、だんだん白衣の男たちの動きが慌しくなっていった。
「くっそ、これじゃ……どこから手を付けりゃいいんだ」
ファールゾンが珍しく毒づく。
「どう……したの?」
「どうしたもこうしたもない。必要な措置が最初からされてない上に、状態もあまりよくない。しかも羊水槽の中だから、必要な治療が出来ないんだ」
だがピンと来なかったのだろう。ルーフェイアが首を傾げる。
「ここじゃ……ダメなの?」
「ああ。――そうか、グレイスじゃ分からないか。こういうことは無知だものな」
言われて後輩が珍しく眉根を寄せた。あまりの言い方が気に入らなかったようだ。
だがファールゾンのほうは気づいた様子もなく話を続ける。
「君じゃ知らないのも無理はないが、こういう人為的な発生では魔法を利用するんだ」
「それは知ってる……」
ルーフェイアはあからさまに表情に出しているが、やはりファールゾンは気づかなかった。むしろ周囲の連中のほうが、彼女の様子に焦っている。
話のほうは問題なく(?)続行中だった。
「そうか、さすがにこれは知ってたか。それで魔方陣なんだが、同時には幾つも使えないんだ」
「それも知って――あ!」
ルーフェイアが声を上げるのとほぼ同時にタシュアも気づく。これでは確かに治療が出来ない。
人為的に発生させられたグレイシアは、現段階では早い話、魔法陣に依存して生きている。だが治療するためには、その魔法陣を止めなくてはならない。
「この症状では、他に治療法もないでしょうしね」
「おや、タシュア、よく知ってるじゃないか」
本当に言うこと為すこと、いちいちカンに触る相手だ。
「ある程度の年齢になれば、自然と知ることですからね。わざわざ指摘していただくようなことではありません」
「あ、そうか? 学校では教えないと思ってたんだが、今は違うのか」
そういう意味ではなかったのだが、どうもこの男には通じない。ある意味、ミルドレッドより面倒だ。