Episode:90
(まぁ、だからこそしないのでしょうが)
呆れるほど甘いルーフェイアのことだ。相手が悪辣なことをしている身内でも、極力強制せずに話し合いで、などと考えているに違いない。
罪人の尊重より、被害者の一刻も早い救済が優先のはずなのだが……。
「ともかく、グレイシアを治療して。言い合いは許さないわ。必要なものがあったら言いなさい、何とかする」
ルーフェイアがきっぱりと言い切る。
「ラヴェル、資料を全て出して。ファールゾン、治療の指揮を。他の方は助手を」
やっと事態が動き出した。
「――それだけ出来るのでしたら、最初からやってほしかったですね」
「すみません……」
何か少し変わったかとも思ったが、見込み違いだったようだ。いつもと同じ謝り癖が発動する。
だがタシュアが言葉を発する前に、また騒ぎが起こった。
「なんだこの資料は。穴だらけじゃないか。生体情報の188番は調べてないのか?」
「そこは一般と同じだ」
「同じかどうか分からないだろう。188番は2-6-3の縦構造が危ないんだ。そこを見なきゃ同じだなんて言えるか」
専門用語が飛び交っている。
「すぐに出してくれ、側面図と俯瞰両方だ」
「そ、それは……」
どうやら不備があったらしい。
「ないのか? まったく、話にならないな。誰か、すぐ取るから準備してくれ。あとお前、このオリジナルはグレイスだろう? その詳細図は?」
「それならこれだ」
魔視鏡が操作され、魔法陣のような複雑な図が映し出される。おそらく生体情報だろう。
だがファールゾンは気に入らなかったようだ。
「たったこれだけか? これじゃ立体構造が分からないじゃないか。まさか、平面図だけで考えてたんじゃないだろうな」
ただこうして見ていると、能力的にはファールゾンのほうが上のようだ。彼が穴を見つけ、例の研究者が指摘されてはオロオロするという図が繰り返されている。
「まったく……こんな基礎も知らずに発生させたのか。問題が出て当たり前だろう」
「き、基礎じゃないだろう! こんなもの論文のどこにも!」
「当たり前だ、僕が見つけたんだから。けどこんなの、基礎を学べば自然に分かる程度だろう? それとも分からなかったのか?」
やはりこのファールゾンという男、性格にかなりの難がある。優秀なのは確かだが、他者との乖離も分かっていなければ、必要なことを伝えるということも出来ていない。