Episode:89
「お、お前みたいな若造に何が分かると言うんだ!」
「研究に経験が必要って言うなら、年行ったアンタがこんな初歩的ミスはしないだろう? 要は資質の問題だと思うんだが」
面白いことにルーフェイアのほうは、この言い合いに無関心だった。取り立てて止めようともせず、ただ成り行きを見ている。シュマーの中のことだから放置しているのか、それともファールゾンの言い分に多少なりとも同意なのか。
正直なことを言うと余計なことで謝るよりも、こういう無駄な言い合いを止めて欲しいのだが……。
「いい加減にしてください」
見かねて止めに入る。
「病人を診るのが先でしょうに。まぁこんな人道無視の研究をするシュマーでは、治すより先に研究結果の討論なのかもしれませんが」
そして後を向いて付け加えた。
「ルーフェイア、あなたもあなたです。ムダに謝るより、こういう不毛なやり取りをやめさせたらどうなのです」
「え? あ、すみません……」
言ったそばから彼女が謝る。
「ですから」
「あ、すみま……じゃなくて、えーとファールゾン、ラヴェル……さん、グレイシアを」
が、また横槍が入った。
「グレイシア? 誰だいそれは? それにグレイス、こんなヤツに『さん』付けなんて必要ないぞ。無能なくせに叔父上と同じ名前だなんて、ずうずうしすぎる」
「お願い、少し黙って……」
さすがに疲れたのだろう、ルーフェイアが懇願する。
だがファールゾンという男、答えた様子はなかった。
「黙るも何も、本当のことを言っただけじゃないか」
なおもごちゃごちゃと言い続ける彼に業を煮やしたのか、すっとルーフェイアの雰囲気が変わる。
「――黙りなさい、ファールゾン。死にたいの?」
いつもとは似ても似つかぬ、傲然とした表情と態度。権力者の顔となったルーフェイアは、母カレアナや姉のサリーアを思わせた。
(なるほど、これが『シュマーのグレイス』ですか)
もっとも、これが常態というわけではないだろう。それなら先ほどのような不毛なやり取りを続けさせ、あちこちで下手に出たりはしないはずだ。
基本的な性格は大人しく引っ込み思案だが、あまりにシュマーの連中が度が過ぎるとこういう態度に出る、という程度らしい。
どちらにしても、これならこちらが言えばルーフェイアは連中を押さえ込むだろう。好都合だ。
ファールゾンのほうは驚いたことに、青ざめてその口を閉じていた。ルーフェイアの恫喝は、シュマーの中では洒落で済まないようだ。