Episode:88
「ルーフェイア、あなたが謝っても意味がありませんよ」
「グレイス、何で君が謝るんだ」
腹の立つことに、こんな相手とおかしなところで意見が一致した。
間に挟まったルーフェイアが、おろおろしながらも言い訳する。
「あの、すみません先輩、彼、研究以外はダメで……ファールゾン、あなたもちゃんと挨拶して!」
「大の大人が子供に窘められるとは、シュマーは幼児の集団ですか?」
この言葉にさらに平謝りするルーフェイアへ、ファールゾンとかいう研究者がありえない一言を放った。
「グレイス、君、この男に何か弱みでも握られてるのか?」
「そんなわけないでしょう!」
やり取りを聞いているだけで疲れてくる。
「ともかくいいから挨拶して! 初対面の人には挨拶でしょ!」
「ああそうか」
冗談なのか本気なのか、青年は納得したように頷くと、タシュアのほうへ向き直った。
「ファールゾン=ゼニアだ。よろしく。専門は生体情報学だけど、医者もやってる。あと魔法物理学と魔力干渉力学と真音分析学と――」
「タシュア=リュウローンです」
長々と続きそうな自己紹介を遮る。普段ならこんな礼を失した真似はけしてしないが、今は聞いていられる余裕がなかった。
聞く気がしなかった、というのも多少はあるが。
「発見された子は、話では既に発病しているそうです。早く診てやって欲しいのですが」
「あ、そうだったな」
ずかずかとファールゾンが部屋へ入っていく。この青年、早い話がまったく時と場所をわきまえない性格なのだろう。
やれやれと思いつつ後に続くと、水槽の前へたどり着く前に騒ぎが起こった。
「なんだ、誰の仕業かと思ったらラヴェルか。どうりで発病させるような馬鹿な真似をすると思った」
「なんだと――!」
どうやらこの二人、面識があったらしい。しかも関係はあまり良好と言えないようだ。
――良好でも困るが。
幼子をこんな目に遭わせて平然としていられる神経の持ち主が、これ以上居てはたまらない。
言い合いはまだ続いていた。
「だってそうじゃないか。シュマーはただでさえ発生時の問題が多いのに、まったく対処しなかったからこういうことになってるんだろう? 羊水槽での発生なら手順を踏むのは常識なのに、そんな初歩の初歩も忘れるのはあんたくらいだ」
いいのか悪いのかこのファールゾンという男、年上のはずの相手に対しても全く臆したところがない。言いたい放題だ。