Episode:85
◇Tasha side
遠くにかすかな足音を感じて、タシュアは目を覚ました。
時計を見ると、もう真夜中だ。仮眠のつもりだったが、何も起こらなかったために思いのほか長く寝ていたらしい。
隣を見ると、ルーフェイアが背中を丸め、膝を抱えて眠り込んでいた。
(よく身体が痛くなりませんね)
自分も似たような格好で寝てはいたが、あそこまで丸くなれない。
様子をうかがったが、起きる気配はなかった。事実危険というわけではないから、寝ていて問題はない。
(ですが、足音がするのですがねぇ)
すぐにどうこうというわけではないが、状況が変わるというのはつまり「何かが起こる」ということだ。警戒しておいて損はない。
だが少し考えて思い直す。ここはシュマーの施設で、ルーフェイアにしてみればいわば庭のようなものだ。足音の主もシュマーの誰かだろう。
だとすればルーフェイアにとっては、まったく危険がない。何しろ今まで見た限りでは、シュマーの面々は彼女に絶対服従だ。刃向かう人間などまず居ないだろう。
つまり、起きるわけもなかった。
(まぁ、寝ていたほうが静かですか)
足音の主が近づいてくれば、ルーフェイアは放っておいても目を覚ますだろう。それに起こしたらまた、何やかやと相手をする羽目になる。
それは少々面倒だった。こういうややこしい事態の中では、寝た子は起こさないに限る。
水槽の中のグレイシアも、まだ眠ったままだ。
(こちらも起こさないほうがいいでしょうね……)
ルーフェイアと違ってこの子の場合、起こす起こさないはもっと切実な問題だ。
病気だというこの子は起きれば時として痛みに襲われ、少ない体力を更に削ることになる。ならば出来るだけ長く寝かせて、体力の温存を図るほうがいいだろう。
例の研究者も、向こうの机に突っ伏して眠っていた。魔視鏡が点きっぱなしのところから見て、調べ物の最中に眠ってしまったのようだ。
足音を伴った気配は、更に近づいてきた。
(――多いですね)
複数だとは思っていたが、どうやら10人以上居そうだ。手近に居た医師が総動員されているらしい。
さすがに無視できなくなったのだろう、ルーフェイアが目を覚ました。
「あ、えっと先輩、おはよう……ございます?」
首をかしげながら挨拶した後輩に返す。
「おはようございます。ですが今は夜中ですね」
「え? あれ?」
地下に居るために時間が分からなくなったのだろう。ルーフェイアが驚いたように周りを見回している。