Episode:79
◇Sylpha
ため息をついて、私は教科書から顔を上げた。
――タシュアが居れば、良かったんだが。
だが生憎彼は不在だ。たしか一昨日は居たと思ったのだが、いつの間にか居なくなってしまった。
何かの任務かとも思ったのだが、どうも違うらしい。
細かい内容までは教えてもらえないものの、任務なら学院に訊けばそう教えてくれる。だが今回は外泊届だけらしい――それもかなりいい加減――ということだから、私的な用事だろう。
辺りを見回す。
図書館の中は、普段とは違って大勢の生徒が行き交っていた。テスト前だからだろう。
だいいち私も、しょっちゅう図書館で本を借りたりしない。タシュアがここに居るので良く来るが、正直本よりは身体を動かすほうが好きだった。
一つ息を吐いて、また教科書へ視線を落とす。苦手な歴史だが、テストとあってはやらないわけに行かない。
と、教科書に影が落ちた。
「先輩」
「――イマドか」
答えながら視線を上へ戻す。ダーティーブロンドに琥珀色の瞳の男子が、ぞんざいな調子で立っていた。
「タシュア先輩、居ないですよね?」
「居ないが……どうかしたのか?」
ただ彼の表情は、何か困ったというようではなかった。ちょっと気になって確認しに来た、そんなふうだ。
私のそんな思いを、彼が裏付ける。
「いや、ルーフェイアのヤツもいねぇんで。だから、一緒かなって」
「そうかもしれないな」
「ん? なになに? シルファの彼氏、浮気?」
唐突に友人が湧いて出た。同じAクラスのディオンヌだ。
「……どうしてそういう話になる」
「え、だって、年下の男子と一緒に居るから」
ディオンヌ初めどうも私の友人は、こういう方向へ話が転がることが多い。
「去年の夏なんてほら、金髪美人と浮気して別れたとかまで、話出たしさ」
「だからあれは違うと……」
何となく疲れを覚えながら否定すると、彼女があははと笑った。
「分かってる。ちゃんとあとから話訊いたし。で、今度はこれが新しい彼氏?」
「だから、これも違う……」
なんでこの話題から離れないのか。