Episode:77
「えっと……グレイシア、でいいんです……よね?」
「私に訊いてどうするのです」
確認したつもりが、また怒られた。
――やっぱりあたし、ダメだな。
だんだん落ち込んでくる。タシュア先輩は何でも見ただけで分かる人だけど、あたしは戦闘以外は、いつも考えても答えが出せない。
「……ですから、いじめていないと言っているでしょう?」
あたしの隣で、また先輩が水槽の中に話しかけた。女の子が怒った表情をしてるから、またかばってくれてるのかもしれない。
なぜか気持があったかくなって、女の子につい話しかけた。
「グレイシア、ありがとう」
瞬間、女の子の表情が明るくなる。
(――名前。同じ)
「うん。だいたい同じ」
女の子――じゃなくてグレイシアの嬉しそうな顔に、あたしもつられて笑顔になった。
「……恩寵、でしたかね」
先輩が隣でつぶやく。
「そう、なんですか?」
「ええ、記憶違いでなければ。あなたのグレイスもそうですが、古い言葉でそんな意味があったはずです」
言いながら先輩が、グレイシアの頭でも撫でるみたいに、ガラスに手を滑らせた。
「名前には力がありますからね。悪くないかと」
驚いて先輩の横顔を見上げる。もしかして、褒められたんだろうか?
「――何を見ているのです」
「あ、えっと、すみません……」
思わずまた謝ったけど、先輩は何も言わなかった。あたしに何か言うとグレイシアが怒るから、黙ってるんだろう。
ただグレイシアのほうは、今はあんまり話に興味がなさそうだ。時々目をつぶってしまったりして、なんだか眠そうに見える。
「グレイシア、疲れた?」
(……つかれた?)
また言葉が通じない。本当にこの子、許せないほど「物扱い」されてたのが分かる。
「えぇと……痛くない?」
(ない。いたい)
なんだかよく分からない。
ただ表情を見てると、今はそんなに痛くなさそうだった。たぶんあの痛み、ある程度波があるんだろう。