Episode:76
考え込んでたら、また先輩が横から言ってくれた。
「本人が望んでいるのですから、いっそあなたの名前から一部を取ってはどうです?」
「あたしの、名前……?」
言われて初めて気付く。でも赤ちゃんに名前を付けるとき、親や友達や歴史上の人から一部(たまに全部)もらうのは、よくある話だ。
でも、そんなのでホントにいいんだろうか?
見ると女の子が水の中から、期待いっぱいの瞳であたしを見上げていた。
――そういえば。
ふと思いついて訊いてみる。
「ねぇ、えっと……ラヴェル、さん。あたしのこと、この子の前で言ったこと、ある?」
言ってしまってから、またこれじゃ意味が通じないなと思った。本当にあたし、説明が下手だ。
「グレイス様のことをですか?」
「あ、えっと、今ので半分……分かったかも」
あたしのシュマー内での呼び名は、たいてい「ルーフェイア」じゃなく「グレイス」だ。だからこの研究者の人がそう呼ぶのはおかしくない。
「んと、そしたら……あたしのこと、この子に話したこと、ある?」
「直接話したかどうかは覚えていませんが、グレイス様のお名前はこの子の前で口にしています。その、何というか……要するに、妹ですし」
さらりととんでもないことに裏がついた気がするけど、今は後回しだ。
女の子のほうに向きなおる。
「あのね、グレイスじゃ同じだから……グレイシアは、ダメ? これなら半分、同じだし」
女の子が微笑んだ。何とか気に入ってもらえたみたいだ。
「やっと決まりましたか」
いまさらながら、先輩に決めてもらえば良かったかな、と思う。あたしどうも決めるの苦手だから、何でも話がなかなか進まない。
「すみません……」
「誰が謝れと言いましたか。そもそもこのやり取り、既に何度もやっていますよ。学習能力がないのですか?」
怒られる。ホントに先輩の言いかたじゃないけど、これ何度めだろう?
情けなくなってうつむいてると、また先輩の声が聞こえた。
「睨まないでください。私は事実を言っているだけで、いじめてなどいませんよ?」
何のことだろうと思って顔を上げると、水槽のそばにいる先輩と、水の中から先輩を睨んでる女の子とが目に入った。
「――分かりましたから。それより、そんなに怒ると身体に障ります」
女の子が、あたしのことをかばってくれてるらしい。
「ルーフェイア、あなたもいつまでいじけているのです。あなたから、きちんと名を呼んであげなさい」
「あ、はい!」
慌てて居住まいを正す。