Episode:75
水槽に手を当てて中を覗き込む。女の子の深い碧の瞳が綺麗だった。
「ねぇ、教えて」
ガラス越しに女の子がまた手を合わせてきて、あたしを見上げた。
(同じ……)
思いが伝わってくる。
けど意味が分かって、逆にあたしは困ってしまった。
「同じ名前は、ダメかも……」
(イヤ。同じ)
「でも……」
どう説得したらいいんだろう?
「名前というのは、あなたの好きな人につけてもらうものですよ」
不意に横から先輩の声がした。
女の子のほうもびっくりした顔で、あたしの隣に立つ先輩を見上げてる。
(つける……?)
「えっと、なんて言えばいいのかな……あげる、かな? 新しい名前を、あなたにあげるの」
(!)
すごく興味がある、そんな表情。
「つけても……いい?」
(いい!)
上手くその気になってくれたみたいだ。
「えっと、そうしたら何にしよう……アグラーナ、ロザムンデ、ヤドウィガ、プラジェナ、ゼナイド……」
(イヤ)
思いつくままに挙げてみたけど、速攻で拒否される。
(つける、同じ!)
しかもやっぱり、何か通じてないみたいだ。
「けど、同じだと区別つかなくなっちゃうし……」
「それ以前に、あなたはどうしてそういう、一般的でない名前ばかり挙げるのです」
この子だけじゃなくて、先輩からもクレームがつく。
「名前というのは、他人から呼んでもらうためのものですよ。珍しければいいというものではありません」
「あ、すみません……」
あたし、何か勘違いしてたらしい。でも「呼んでもらう」ためのものって、いったいどう選んだらいいんだろう?
女の子のほうは、相変わらずあたしと「同じ」にこだわってた。これじゃ仮に名前をつけたとしても、この子が嫌がって名前が役に立たなくなりそうだ。