Episode:71
「えっと、痛みは……その子のでした」
そう言えば名前を知らないと思いながら、あたしは水槽の中を指さした。
「なんでかは、分からないんですけど……でも、その子が伝える気になると、あたし感じるみたいで……」
まるっきり説明になってない。テストの小論文でこんなこと書いたら、絶対に追試だ。なのにタシュア先輩は分かったらしい。
「まぁたしかに、あなただけは最初から声が聞こえているようでしたしね」
あたしと水槽の中の子を、タシュア先輩が交互に見る。
「要は双子のようなものですし、シュマーには念話が出来る人間も多いようですから、思うにその辺が理由では?」
「あ、はい、たぶん……」
なんか、あたしよりよっぽど詳しく分かってそうだ。
「で、どんな具合なのです。感じたと言うなら分かるはずですが」
先輩、あたしの分かり辛い話に、今日はずいぶん根気よく付き合ってくれるなと思った。
もしかすると、単に知りたいだけなのかもだけど。
「えっと、あの、かなり……痛いです」
「痛みが激しいのは見ていましたから分かります。で、どこがどう痛かったのです?」
言われてあたしは考え込んだ。どこって、どこだったろう?
「なんか、全部痛くて……えっと……」
けどあんなに痛かったのに、いまは不思議なくらい思い出せない。人は痛みが消えると忘れてしまうって聞いたことがあるけど、ホントみたいだ。
「たしか、腕とか足とか首とか……あ、でも頭も……」
説明ひとつまともにできない自分が、情けなくなってくる。
「……お腹はどうでした?」
「あ、いえ、そこはそんなに。どっちかっていうと、筋肉痛とか、関節とかのほうが」
あたしがそこまで言うと、タシュア先輩が研究者の人――まだ居たんだ――に視線を向けた。
「だ、そうですよ。これで何か分かりましたか?」
言葉を聞いてなるほどと思う。先輩があたしに細かく質問して聞き出したの、症状を育ての親(?)に聞かせるためだったらしい。
話を振られた研究者の人のほうは、すごく青ざめてた。
「もう、あれに罹ってたのか……そんな……」
うわ言みたいに言って、水槽に両手をつく。
「病名が分かるのです?」
けど先輩の問いかけに研究者の人は答えなくて、だからあたしは代わりに答えた。
「たぶん、シュマーが時々罹るやつです」
「何ですそれは」
さすがの先輩も知らなかったんだろう。ちょっとだけ不思議そうだ。