Episode:69
「あの子に感謝するのですね」
ただ言ってる内容からして、やっぱりあの声はあたし以外にも聞こえたんだろう。
それから先輩、水槽のほうへ向きなおって何か言おうとして、表情が少し変わった。
「この子ですが、熱があるようですが?」
「――え?」
あたしと研究者の人の声が揃う。
先輩がため息をついた。
「瞳が少し充血してるようです。どこか具合が悪いのでは?」
「そ、そんなはずは!」
研究者の人が慌てて魔視鏡へ飛びつく。
「い、いつもと別に何も……胎児期と、体温も変わらないぞ」
「そうですか? それならいいのですが」
先輩はそう言って納得した見たいだけど、何か気になってこの子に訊いてみる。
「どこか、辛くない?」
(……つら、い?)
けど返ってきたのは意味のない、ただのオウム返しだった。「辛い」っていうのが何なのか、よく分かってないらしい。
「えぇとだから、どこか痛いとか、苦しいとか……」
(――?)
会話が成り立たなかった。
たぶん、言葉自体を知らないんだろう。ずっとこの水槽の中にいて、話が通じないと思われてたみたいだから、会話する機会がなかったのかもしれない。
「その、えーと、頭とか、手とか動く?」
(あたま……?)
どうも聞きだすのは無理そうだ。
けどそう思った次の瞬間、あたしの身体を激痛が襲った。苦しさとだるさで立ってられなくなって、床に膝をつく。
「ルーフェイア?」
先輩に訊かれたけど、声も出ない。
「ルーフェイア、何をしているのです」
重ねて言われても、首を振るのが精いっぱいだ。
「具合でも?」
「……身体、が……痛っ……」
痛みに振り回されながら、必死に考える。なんで急に、こうなったのか……。
(――いっしょ)
またあの声が聞こえた。
「何が……一緒、なの……?」
必死に言葉を絞り出す。