Episode:68
(でたい。でたいの)
間違いない。まっすぐ真剣な瞳でこっちをを見てるだけだけど、たしかにこの子は出たがってる。
「先輩、やっぱりこの子……」
言うと先輩は一瞬こっちを見たあと、水槽の前で立ち尽くしてる研究者の人に言った。
「さて、出していただきましょうか? 仮にも研究者のはしくれなら、そのくらいのことは出来るはずですから」
「だ、ダメだ! 出したら死んでしまう!」
さっきは確か「死んでしまうかも」だったのに、「出すとこの子が死ぬ」に変わったらしい。
「ついさっきまで『かもしれない』だったのが、なざ『出せない』に変わるのか、理解しかねますね」
先輩もいまは、あたしと同じことを考えたみたいだ。
「だいいち、可愛がっているのでしょう? その割に出せないというなら、それは可愛がっているのではなくて、単に思い通りにしたいだけです」
「わ、分かったようなことを言うな!」
先輩の言葉に耐えきれなくて、ついに研究者の人が怒鳴る。
けど先輩、なんとも思ってないみたいだ。
「言うの事欠いて、出てきた言葉がそれですか」
この研究者の人、いつまで無事だろう……なんて、ちょっと考える。さっきだって逆鱗に触れて、殺されかかってるのに。
それとも、そんなことがあってもまだ言える精神力のほうを、ほめるべきなんだろうか。
「言っておきますが、専門家はあなたのほうですよ? それが素人相手に激高するとは、自分のミスを認めたようにしか見えませんがね。専門家だというのなら、我々相手に易しい説明をすればいいでしょう」
先輩の言葉は事実しかないけど、それだけに尖ってて痛い。
「で、この子をいつ出すのです? 早くしていただきたいのですが」
「お、お前の言うことなんか――」
瞬間先輩が短剣に手をかけて、でもほぼ同時にさっきと同じ声が、痛いほどの大きさで響き渡った。
(ダメっ!!)
思わず耳をふさぐ。
しかもいまの声はあたし以外にも聞こえたみたいで、先輩までが顔をちょっとしかめて動きを止めてる。
「……先輩?」
心配になって聞いてみると、先輩は何もなかったみたいな顔で、でも短剣から手を離した。