Episode:66
「な、何を言うんだ。私はちゃんと、この子の面倒を見て……」
「その結果が、観賞魚のように水槽へ入れておくことですか? どこをどう面倒見たらこうなるのか、説明していただきたいですね」
水の中の女の子は、きょとんとした顔でこっちを見ていた。きっと何が起こってるか分からないんだろう。
水槽に近づいてみる。魔法で強化されたガラスは、触るとほんのり温かかった。
女の子が透き通った碧い瞳であたしを見る。
――可愛いかも。
水槽の中しか知らないせいか、表情が赤ちゃんみたいだ。
髪は切ったことがないんだろう、長く伸びて水の中で揺れてる。肌も日に当たったことがないから、すごく白い。
女の子のお腹には、長いロープみたいなものが着いてた。反対側は水槽の底の、肉の塊みたいなものに繋がってる。へその緒がまだそのままらしい。
たぶんこのへその緒と水槽下に描かれてる魔法陣の力で、この子は生きてるはずだ。
あっちの方じゃ、先輩と研究者の人がまだ言い合ってた。
「閉じ込めて自由を奪ったままにしておいて、よくもまぁ『面倒をみる』などと。どうせあの子自身がどうしたいかなど、訊いたこともないのでしょうね」
「だ、だが! 出して死んだらどうするんだ!」
その言葉にはっとして、水槽に視線を戻す。本当はこの子、どう思ってるんだろう……。
女の子はさっきとはぜんぜん違って、すごく真剣な顔をしてた。何か言いたそうだ。
「言いたいこと、あるの?」
分かってるかどうかも、聞こえてるかどうかも分からないけど、訊いてみる。と、女の子が手を伸ばしてきた。
ガラス越しに合わされる、手。
(――でたい)
不意に聞こえた声に、慌てて周りを見回す。
でも誰も居なくて……だいいち聞こえた声は子供みたいで……。
「今の、あなた? 出たいの?」
尋ねると、またあの声が聞こえた。
(でたい)
間違いない。この子にはちゃんと意思がある。
「あの、先輩」
「何です」
研究者の人とやり合ってる最中に割り込むのはどうかと思ったけど、声をかける。けど先輩の紅い瞳を見たら、言おうとしてた言葉の続きがどこかへ行ってしまった。
「えっと、あの……この子が……」
「その子がどうしたのです?」
もっと何か言われるかと思ったけど、先輩はそれだけだった。そして黙ったままあたしを見てる。