Episode:06
『ネゴリ記』はローム文明時代に書かれた歴史書で、現存する数が極めて少ない。しかもどれも傷みが激しくて、今世界中に残ったものを集めて復刻の最中だ。そのせいで五百年ほど前に書かれた解釈本『ネゴリ記の解釈』が、今ではまるで本家のような扱いになっていた。
けどこの解釈本の原語版も希少だ。だから学院に在るなんて思わなかった。
「1冊ですがありますよ。以前、読みましたから」
タシュア先輩がさらりと言う。
けどあの原語版、ローム語だから読むだけでも大変だ。大人だって相当てこずるだろう。なのにそれをもう読み終わってるなんて、さすがとしか言いようがない。
けどそういうことなら、実家から取り寄せられると思った。図書館にある本だったら、自分で持っていても反則にはならないだろう。
ともかくあの本を資料に使っていいなら、殆どの部分が片付く。
「ありがとうございます。……それであの、先輩の話って……」
あたしは軽い気持ちだった。
けど、先輩の雰囲気ががらりと変わる。
「ルーフェイア、この大陸にあるシュマーの廃棄ファクトリーのことは、知っていますね?」
「え……」
背筋が冷たくなる。
確かにそういうものは、このユリアス大陸にある。でも当たり前だけど極秘で、シュマーの人間でも今はあまり知る人が居ない。
なのに部外者の先輩がどうして……。
「ルーフェイア、質問に答えなさい」
いつもに増して冷たい声に、意識が引き戻される。そしてなぜか同時に、この先輩はシュマーの通信網に潜り込めることを思い出した。本来なら内部の者しか知らないはずの情報の出所は、そこだ。
――うちの連中、なにやってるんだろう?
たった一人の侵入者も食いとめられないなんて、話にならない。
かといってこの先輩に、「入らないで」と言ったところで無意味だろうし……。
「ユリアスの廃棄ファクトリーは……聞いたことは、あります……」
声が震えるのを押さえて答えた。
「なるほど……『聞いたことがある』ですか。それ以上のことは何も知らない、と?」
感情の見えない声が、淡々と事実を指摘する。
確かにこのユリアス大陸の東側にあるエルニ群島には、かつてメインファクトリー――要はシュマーの本拠地――があった。
ただ、ずいぶん昔の話だ。今は本拠地は南大陸に移っていて、ユリアスのは使われていない。